緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)50

30.ただその四十分の為だけに(「告別演奏會顛末記」その後)(12)

 

  「でもほんと、何やる」今度はアグリーが言った。等々力のヒナコの家では、カセッ

トテープ聞き終えても四人の話は全く進んでいなかった。

「とにかく何か面白い事がいいな。あっ、面白いって funny じゃなくて interesting の意

味なんだけど」アグリーの後を引き受けクマが言った。

「面白い事かあ」ヒナコは天井に目をやり独り言のように呟いたが、ムーは黙ったまま

だった。

 彼等は10月末の文化祭で何をするのかを打ち合わせていた筈だった。しかし、取敢

えずギターと歌で音楽をやる事ははっきりしているものの、出演者を決め、劇場も確保

しておきながら、肝心な脚本が無い劇団のような状態だった。過去二年間の文化祭で、

強引にクラスを引っ張てきたクマにしてみれば、そのような有様は受け入れ難い事だっ

た。しかし何故か具体的な方向性を示すような発言は一切せずにいる。それは彼がこの

グループに参加するにあたって、自分に課した歯止めのようなものであり、もしそれが

崩れれば、彼は限りなく専制君主のように振る舞う事となったに違いない。こと音楽に

関しクマは仲間内では絶対的自信を持っており、そこに譲歩という言葉は存在しなかっ

たのである。

「ねえ、どうしたらいいと思う」ヒナコは何も言わないクマにそう聞いた。

「そう言われても、僕だって、ねえ・・・決められた時間に来て、やる事やって帰れば

いいのかと考えていたんだけど。大体、アナタとムーさんは何がやりたかった訳」

クマは出来るだけ相手の立場を尊重するように優しく言った。

「僕は自分の曲をやりたけど」普段から男の子言葉を使うムーが、ようやく重い口を開

いた。

「ああ、それはいいんじゃない」アグリーが頷いて続けた「で、ヒナは」

 「私はねえ・・・色々考えたんだけど、クマさんやアグリーどんの歌を歌おうかなと思

ってるの、いいかな」

「それは別に構わないけど、まあ男言葉の歌詞を女の子が歌ってる曲もあるし、でも僕

らの歌じゃあ、そのままだったらキーが全然合わないんだよね。とは言え、とんでもな

いハイフレットにカポをはめるのもねえ、そうすると音質も変になっちゃうし・・・そ

れこそフェアウェル・コンサートでやった ”そんなあなたが” とか最後に歌った ”でもも

う花はいらない” なんか良かったじゃない、あれの方がよっぽどいいんではないの」ク

マはお世辞ではなく、本当にそう思っていたのでそのままを話したが、それはオリジナ

ル曲をやる事が、かなり危険な賭けだという思いもあったからだった。

 そもそも文化祭で世田谷区民会館に集まる観客は、自ら望んで来ている訳では無く、

その日は他に選択肢の無い中、否応なしに舞台だけを見なければならない。勿論、万人

に受け入れられる事など土台無理であるにしても、せめて「帰れコール」だけは避けた

かった。何といっても彼等四人は、とりたてて校内で有名という訳でもなく、ましてや

グループを結成したばかりである。観客に黙って演奏を聞いてもらう為には、先ずこち

ら側に注意を引かねばならないし、飽きさせてもいけない。そのような状況で誰一人知

らない自作の曲を演奏するリスクは計り知れない。それをクマは危惧していたのだっ

た。

 「ねえ、どう思う」クマは自分が感じている不安を他の三人に順序立てて説明し、意

見を求めた。

「そうだな、客に受けないというのは致命的だね」アグリーはもっともだという顔をする。

「私、そんな事、考えた事もなかった」ヒナコは肩をすくめる。

「僕はよく判らない。けど白クマのおじさんは色んな事考えてるんだね」ムーは相変わ

らず男の子言葉でポツリと言う。

 それぞれが発言したところで、クマは先程の説明とは全く違うことを言い出した。

「恥ずかしい話なんだけど、僕は今まで人から自分の事しか考えていないと言われて来

た。けれども今度は違う。いや、違うようにしたいと思ってる。大したこと無いけど、

このグループの為に持っているもの全てを注ぐつもりでいる。知ってることは何でもオ

ープンにするから、何でも聞いてもらいたい。それで何をやりたいかだけど、出来合い

の曲を漫然と演奏するのはクリエイティブじゃないよね。いくらコピーが上手くたっ

て、コピーはコピーでしかない。それだったら家に帰ってレコード聞いた方がよっぽど

いいよ。せっかくこのグループに参加して、多分これが高校最期のステージになると思

うし、どうせやるからには、僕は自分に悔いが残らないようにしたい。客の反応は確か

に気になるけど、僕らは音楽を生業としている訳じゃない。だから迎合する必要もな

い。思う存分オリジナル曲を無知蒙昧な聴衆に聞かせてやればいいんだ。たとえ僕らの

挑戦が失敗に終ったとしても、その失敗を誇れるようなステージにすればいい。これか

らの僕らの合言葉は唯一つ、今を尊ばなければ一体 ”いつ” という時があるのか。以上、

演説は終わり」

 クマがそのように自分の心の内を見せることは稀だった。「彼らを愛したまえ、た

だ、それを知らさずに愛したまえ」サン・テグジュペリの小説にそんな一節があった。

しかし彼はそれが全く相手に伝わらない事を身をもって体験していた。『思っているだ

けではだめなのだ。たとえそれが自分の信条に反しようと、はっきり相手に話さなけれ

ばいけないのだ』それがナッパというかけがえのない心の拠り所を失って得た唯一の、

そして大切な代償だった。

 何の恥じらいも無く、白々しささえ感じさせるクマのアジテイションが終わると、誰

からともなく拍手が起きた。そしてそれは、クマが荒れ狂う心の痛みと、漸く折り合い

をつけた瞬間でもあった。

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