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緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 16

9.「何故もっと早く・・・」ダンディーが恨み言を言った

 再びレッスンが始められたが、ナッパの持って生まれたリズム感の無さから、これ以上の練習は時間の無駄

のように思えた。するとアグネスチャン・ファンクラブ会員のカメが、カラオケテープを作り彼女が家に帰っ

てからも練習できるようにしたらと、珍しく賢い事を言った。早速録音にかかろうとしたが、生テープが無

い。ところが、たまたま運の悪いことにクマの一作目のオリジナルテープのB面が空いたまま、センヌキが

持っていたのだ。「これにしよう!」センヌキはイタズラ好きの子供が、新しいプランを考え付いた時の

ように、得意げな笑みを浮かべて、そのテープをクマの前に突き出した。

 クマは一瞬、顔面蒼白になった。何故ならこのテープのトップに収録されている『君に捧げる歌』という

曲は、彼のナッパへの思いを歌ったもので、夏休みの頃、クマやメガネユキコ、ナッパ達、文化祭責任者だけ

打ち合わせで学校に集まり、日直で来ていた担任教員カギ付きサナダ虫が、慰労としてくれた小遣いでかき氷

食べにゆき、その帰り買って来た花火を昼間なのに校舎の影でしたことが、次のような歌詞で綴られて

いた。

 

   日差しに歩く 後ろ姿が

   子供のように はしゃいでたね

   買ったばかりの 花火を振りながら

   夜までとても 待てないなんて

   あの時 言えば良かった

   君がとても 好きだって

   僕の心を 知ってるように

   君の瞳が 笑っていた

 

これを聴けば、ナッパは誰の事を歌っているのか、すぐ気づくはずだ。体に似合わずシャイなクマはそれが

恥ずかしかったのである。彼の必死の反対にも、結局『A面は聞かない』という約束で貸すことになって

しまった。

「絶対聞いちゃあダメだよ。」逆効果になると知りつつ、クマは帰り支度のナッパに念を押すように言った

が、その時彼は、『もしかしたら、自分が作った歌に彼女が感激して、「クマさんって素敵な人ね」なんて

ことが、あるかもしれないな』などと、ありもしない、しかしあってもよさそうな、つまり自分に都合のいい

事を考えていた。

 ナッパとニッカがバス停までの帰り道を知らない為、クマは詳しく説明したが、今度は何故かアグリーが

気配りする風に「送って言ったら。」と言い出した。しかし先程、学校に迎えに行って悲惨な思いをしたクマ

は、さすがに行きたくない。敵が逃げ腰だと見たアグリーは、さっきの仕返しとばかり追い打ちをかけてく

る。

「しかしアナタ、こーんなに薄暗くなって女の子だけで帰すのはよくないと思わない。」

「うん、でも僕等はも少し練習しなきゃいけないし・・・」

「アナタ何を言ってるんですか、そんな問題じゃあないでしょうが。」

「・・・」クマの形勢は悪くなるばかりだった。『だったらお前が行けよ』と言いたかったが、ナッパの前で

あまり醜い争いはしたくない。

「いえ、大丈夫ですから。ねえニッカ。」ナッパの言葉にニッカも『大丈夫です』と頷いた。

 女の子二人が帰ると、クマ達はしばらく放心したように黙り込み、部屋に静けさが訪れた。すると、ふと

ダンディーが来ていない事に気づき、電話を架けて呼ぶこととなったが、はたしてチャリンコを飛ばして

やって来た彼は、つい今しがたまで、密に好意を抱いているニッカがここにいたと聞き、何故もっと早く

呼んでくれなかったのかと、皆に恨み言を言った。しかしナッパと共に至福な時を過ごしたクマやアグリー

の耳には、何も聞こえているはずが無かったのである。<続>