緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 14
7.「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ」アガタは迫力ある顔にものを言わせた(2)
翌日、クマはアガタの家へ行き、アガタが知り合いから引っ掻き集めたギターアンプ類を、二人でセンヌキ
の父親から分捕った感のある「上野毛NAPスタジオ」までバスで運んだ。途中、車内でタンバリンを3度
も落とし、その度に他の乗客から睨み付けられた。いつの日も凡人は芸術家に冷たい。センヌキの家に着く
と、もう既にナッパから電話が架かった後であった。
「あれ~学校に寄って来なかったの? ナッパさんにもうオタクが行っているって言っちゃったよ。」
「だってアンプガ重くて、学校なんか寄れないよ。」
「すぐ迎えに行って。」
センヌキとクマが玄関で話していると、2階から「俺が行こうか。」とイヤラシイ声がした。なんと何処で
嗅ぎつけたのか、アグリーが風邪をおして来ているのだ。
彼女を迎えに行く、という事は『学校から上野毛までの約20分間、あのナッパちゃんと肩を並べ、楽しい
お喋りをしながら歩ける』ということだ。
そこでクマとアグリーどちらが行くか、またしても醜い男の争いが始まった。
「重たいアンプを運んで疲れてるんだらろう?」
「そうでもないけど。アータこそ未だ風邪が治ってないんじゃない? 無理しない方がいいよ。」
「いや、もう大丈夫だよ。それに今日はあったかいし。」
「でもセンヌキは、僕が迎えに行ったとナッパに言ったんだから、やっぱり僕が行かないとおかしいんじゃ
ない。」
「そんな事は関係ないよ。」
「だったらオタクが行ってくれば。」不愉快といった表情目一杯のクマ。『すべてをお膳立てしてトンビに
油げは無いだろう。』彼はアグリーの図々しい無神経さが信じられなかった。
「二人で行こうか?」品の無い眼差しのアグリーが、妙な妥協案を出してきた。
「なんで? 二人で行く必要なんかないじゃない!」
センヌキが唯唖然とする中、二人の戦いは果てしなく続きそうに思われた。その時ついに深沢全共闘の闘士、
アガタが迫力のある顔にものを言わせて断を下した。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ。クマが行けばいいだろう。」
クマはその言葉に涙が出る程感謝しながら、うんうんと頷いてアグリーの方を見ると、彼は急に風邪が、ぶり
かえしたのか、立て続けに咳をしながらスゴスゴと二階へ上がってゆくところだった。
新聞委員会に用事があるアガタと学校へ向かう道、クマの目に映る景色は、最早冬ざれた灰色の翳りは
なく、すべてが早春の陽光に眩しく輝く町並みであった。
「もしかしたら、『今』幸せなのかも知れない。」クマがそう呟くと、アガタはニヤッと笑って余計迫力ある
顔になった。<続>