緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)3

3.投影図

 

 県境の鉄橋を渡る電車の鈍い響きに、建付けの悪い下宿の窓が少し共振した。

ー  明日、僕ハ、コノ部屋ヲ出テ行ク。

荷造りの済んだ狭い部屋を見回して、彼は煙草に火を付けた。学生生活が終わった事、

そして明日から社会に出て行くことが、吐き出す煙の中に唯漠然と身じろぎしている

ようだった。

 彼は先程机を片付けている時に見つけた、明治神宮菖蒲園の入場券を手に取った。

色褪せたそれは高校時代の思い出だった。

ー  ソウ、友人ハ皆、物持チノイイ奴ダト僕ヲ笑ッテイタッケ。

それは四月の初め、学校は春休みで彼等二人は月並みに渋谷のハチ公前で待ち合わせ

をした。それから後に「公園通り」と呼ばれる大通りを抜け、代々木のオリンピック

プールを通り過ぎて神宮に着いた。

 参道の砂利道に人影は疎らで、二人は恐ろしく退屈な話ばかりしながら歩いた。

「この道も正月参賀日は人がいっぱいで動けないんだ。それでも家の親父が行こう

と言って聞かないものだから、毎年その度に喧嘩さ。それなのに君を今日ここに誘った

のも、おかしな話だね。」

彼女はその言葉に少し微笑んだ。本堂の前には正月とは打って変わったように控えめ

な賽銭箱が置いてあり、二人は並んで二礼二拍一礼した。彼は本気で二人の関係が

このまま続くようにと祈った。そのあと菖蒲園の方に回り池の畔のベンチに腰を下すと

二人は早くも口論した。

「…だから僕はね、もし僕がこうすれば、こんな事を言えば、相手が喜ぶだろうって

分かっている時でも、敢えてそんな事をしようと思わない。そういうのは何か見せかけ

の白々しい優しさみたいで大嫌いなんだ。」

「そうかしら。私はそうは思わない、私はやっぱり人の為に何かしてあげたいわ。人間

には思いやりが必要よ。」彼女は意外な程、強い口調で答えた。

「でも仮に、人を思いやることで自分が疲れるとしたら、自分を殺す事で、人に尽くす

としたら、それは誠意とは言えないだろう。」

「そうかも知れないわ。」

「だから僕は人に対して優しくあるよりも、誠実でありたいと思うんだ。」

「でもそれは、あなた自身に対しては誠実であっても、相手の人に誠実であるとは限ら

ないでしょう。たとえ自分の本心はそうでなくても、人を思いやるのが本当に優しい人

ではないかしら。」

「そうかな、それはそれは見せかけの優しさだと思うよ。自分を偽るということは、裏

を返せば相手を欺いてる事になるんじゃないか。よく女の子は、どういう男性が好き

とか聞かれると、大概は優しくてユーモアのある人って答えるだろ、そしてその優しさ

というのが、相手の喜ぶ事をしてあげる事ならば、僕は全然優しい人間じゃないね。」

しばし小休止があった。

「いいえ、あなたはやっぱり優しい人だわ。」彼女は殆ど自分に言い聞かせるように

小さく呟いた。

彼はこの件について、それ以上何も言わなかった。そして二人は白けた気分のまま渋谷

まで歩き、フランセで甘いウィンナーコーヒーを飲んだ。店内の若いカップルを見なが

ら、彼女は独り言のように、「あの人たち、どんな話をしているのかしら。」と言った。

彼は適当な言葉を見つけられないまま、苦笑いを浮かべて「さあ」と答えただけだっ

たが、心には棘のようなものが残った。

 彼女は一昨年前短大を卒業したはずであるが、今、何をしているのかは知らない。

もしかしたら既に結婚したかも知れない。そんな事を考えながら、恐らく彼女はもう

とっくに捨ててしまったであろう古びた菖蒲園の入場券を彼はちぎって捨てた。あの

日から半年後、『いつまでも続きますように』との願いも虚しく、二人は学校の廊下

で顔を合わせても、気まずくすれ違うようになっていた。

ー  初詣ニ行キ渋ッタオカゲデ、僕ニハ明治神宮ノ御利益ガ無カッタラシイ。

 彼は苦笑いを浮かべて、短くなった煙草をもみ消した。<終>1977年12月

 

     *     *     *     *      *

 

 この短文もアグリー著作となっている。本来はもっと長編だったが、彼の要求で

原稿用紙4枚迄との制約を受けた。尚、この物語は「告別演奏會顛末記」とはリンク

していない。2017年2月

 

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)2

2.谺(コダマ)

 僕はもう少しで泣き出しそうだった。こんなに遠く迄一人で来たのは初めてだった

し、僕の大好きなお母さんからはいつも「森には恐ろしい鬼がいるから、絶対行って

はいけません。」と言われていたのに、今朝、そのお母さんと喧嘩した後、気付くと

僕は森へと続く細い一本道を歩いていた。だけど今日はこんなにいい天気で、木立の

間から小鳥達のさえずりが僕を誘っているし、それに僕の気持ちを少しも分かって

くれないお母さんを、少し心配させてやろうという気も手伝って、思い切って森の中

に入って行った。

 しばらく歩いてみても鬼なんかいる様子は無く、僕は木漏れ日の当たる柔らかい草

の上に寝転がって、「お母さんなんか嫌いだ。」と呟くと、急に瞼が熱くなって涙が

とめどなく流れた。そして僕はいつの間にか眠っていた。

 それからどれだけ時間がたったのだろう。目が覚めた時はもうほとんど夜になって

いた。僕は驚いて飛び起き、あたりを見回したけれど、微かな月明りではさっき通っ

てきた道もまるで分らず、小鳥のさえずりの代わりにフクロウの声が不気味に響いて

いるだけだった。僕は急に怖くなり泣き声で「お母さーん」と叫んだ。すると遠く

で誰かが「お母さーん」と呼んだ。僕によく似た子供の声だった。『誰か同じように

迷った人がいるのかしら』

「誰かいるの?」僕は期待しながらもう一度叫んだ。「誰かいるの。」また遠くで

誰かが答えた。「僕はここだよ」・・・「僕はここだよ」何処かにもう一人子供が

いることは間違いない。この森の中で独りぼっちじゃないと分かると僕は少し元気が

出てきた。でもその時、『森の中には鬼がいる』というお母さんの言葉を思い出し、

あの声の主が鬼だったらと考え、「君は鬼なの」僕は恐る恐る、でも大きな声で聞い

た。「君は鬼なの」相手も怯えながら尋ねた。「僕は鬼なんかじゃないよ」僕は答え

た。「僕は鬼なんかじゃないよ」遠くから返事が聞こえた。『相手が鬼じゃなくて良

かった。でも怖い鬼なら僕を騙して食べちゃう事くらい朝飯前だろうな。それに、

さっきから僕と同じ事しか喋らないのはどうしてだろう?』僕はそう考えて思い切って

「君は誰だい? どうして僕と同じことしか言わないの」と聞いてみたら、今度はすぐ

近くから声がした。

「僕はコダマだよ」「コダマ?」僕はびっくりして、あたりを探したけれど誰もいな

かった。「そうコダマさ」「何処ににいるの」「君の目の前の大きな木の中さ」「木

の中で何をしているの」「何もしていない、時々人間が来て大きな声で呼ぶのに答える

だけさ。ところで君はどうしてこんなにおそく、ここにいるんだい?」「お母さんと

喧嘩してここに来たら、いつの間にか眠っちゃったんだ。」

「どうして喧嘩したんだい。お母さんが嫌いなの」「違うよ、お母さんは大好きさ。

だけど・・・」「だけどどうしたの」「僕は新しいお父さんなんか欲しくないんだ」

するとコダマは木の枝をゆすってカラカラと笑った。

「何がおかしいんだい」僕は怒ってそう言った。「ごめんよ、だけど君は幸せだね。

お母さんがいるし、お父さんだってもうすぐできるんだもの。僕は君が生まれる

ずうっと前からこの森に一人でいるんだよ」

「僕はお母さん一人でいいんだ」

「それは困ったね。でもきっとお母さんは君の為に新しいお父さんを探して来たんだ

と思うよ」

「そんなの嘘だよ。お母さんは僕なんかどうでもいいと思っているんだ。僕の事、もう

嫌いなんだよ」僕は泣き出した。

「そんなことはない。ほら今誰か君を探して森の中を歩いて来たよ」

「どうしてそんな事が分かるの」「僕は森の中のことはみんな分かるんだ。フクロウ

君よりもね」するとずっと遠くから僕の名前を呼ぶお母さんの声がした。「お母さん」

僕は叫んだ。それに答えるようにお母さんの声がこだました。

「僕の言う通りだろう。だけどお母さんだけじゃないよ、男の人も一緒だ。きっと君

のお父さんになる人だね」僕は何も答えなかったけれど、コダマはまたカラカラと

笑った。「いいことを教えてあげよう。二人が迎えに来たら、君のお父さんになる人

の手を握ってごらん」「どうして」コダマはそれには答えず「さあ、もうそこまで来て

いる。それじゃあさよなら」コダマが言い終わるとすぐ、お母さんが男の人と息を切ら

して駆けつけて来た。

 僕はお母さんに抱きついて泣いた。『ごめんなさい』と言おうとしたけども、言葉

にならなかった。男の人は黙って微笑んで僕を見ていた。「さあ帰りましょうね」

お母さんは僕の手を取った。僕はコダマに言われた通り、もう片方の手を恐る恐る

男の人に伸ばした。男の人は頷いて僕の手を握った。その手は大きくごつごつして

いて、お母さんのように優しくなかったけれども、その代わり力強く暖かかった。

僕もそれに負けないよう力を込めて握り返した。

 二人に挟まれて歩き出した僕は、後ろを振り向き大きな声で「さよなら」と叫んだ。

お母さんは不思議そうに僕の顔を見た。「コダマにさよならって言ったんだ」僕は

二人を見上げて得意げに言った。「おかしな子」お母さんと男の人は嬉しそうに笑っ

た。僕はそれに合わせてカラカラと笑う、コダマの声が聞こえたような気がした。

<終> 1977年11月

 

       *    *    *    *    *    *

 

 1975年、私はなんとか現役で大学生になった。ところが前作の登場人物アグリーが

一浪して、なんと同大学同学部同学科同専攻に入学して来た。彼は相変わらず音楽を

続けていたが、何を思ったか「童話創作会」というサークルに入っていた。結論から

言うと私は彼のゴースト・ライターで本作を書いた。従ってオフィシャルには著者名

はアグリーのままである。2017年1月

 

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)1 

1.予告

 告別演奏会顛末記にアクセスして下さった方々、改めて御礼申し上げます。これから

は、小生の過去の小品を連載して行きたいと思います。どれも相変わらず駄文ですが、

よかったらお付き合い下さい。内容は何でもありです。とは言っても無計画なので、

どうなることやら。現在準備中です。宜しくお願い申しあげます。

 

緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 後書き

 1975年夏、私はこの物語を書いた。きっかけは一浪中のメガネユキコ女史からフェア

ウェル・コンサートのテープの追加注文の連絡を受け、理由を訊けば、当時同級生だっ

た女子が入院治療中なので見舞いに持って行きたいと言う。私はかろうじて大学生に

なっており、しかも夏休み中バイトもせず家でブラブラしていたので、二つ返事で了解

した。そしてテープをダビングしている時、ふと、これだけでは芸がないなと考え、

コンサートの裏話を書いてみようと決めた。高校の頃の日記、機関誌ダンディー、後は

自分の記憶を辿って、およそ一週間ででっち上げ、ノートに直筆だった為、わざわざ

大学の図書館に行きコピーを取った。現在のようにコンビニも無い時代である。

無いと言えばPC、携帯電話といった今ではあって当然の物も存在すらしていなかった

為、コミュニケーションは直接会うか、家の固定電話か手紙に限られていた。

 ともあれ、時代は流れこうして衆人の目に駄文を晒すことに抵抗を感じなくなる歳

になり、感慨深いものがある。本当は写真等もULしたかったが、被写体となった人物

の了承を取ろうにも、連絡先が判らず断念した。ただ文中に多く登場する敵役的存在

のアグリー氏には電話で「貴方の事をボロクソに書いているよ。」と言うと、笑って

承諾してくれた。尚、この物語は限りなく現実に近いフィクションであることを申し

添える。

 

 このブログの合計アクセス数は今日現在1,258である。最初は100くらいかなと想像

していたので、これは嬉しい誤算であった。

 最後になるが、ブログ立ち上げについて種々アドヴァイスをしてくれたoogatasen

さん、また☆をつけてくれた方々、アクセスしてくれた全ての人達、そして無料で私

にスペースを提供してくれたhatenablogさんに深謝申し上げる。

 

                        2017年1月15日

                              緒永廣康(クマ)

                       Twitter     https://twitter.com/katamiwake

緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 番外編

13.春の訪れ

 フェアウェル・コンサートが終わって数日間、クマはライブレコーディングした90分のカセットテープ

2本を何度も繰り返し聴いていた。テープの注文はアグリーが20近く集めていたが、そのままダビングする

のではなく、編集して何とか1本にまとめたかったのだ。しかし不要な部分を削っても半分のC-90にする

には演目をカットするしかなく、それは避けたかった。C-120はテープが薄く耐久性に欠けることは当時

の一般常識であったが、アグリーと相談の上、結局それを採用することになった。販売価格はテープ代のみ

で、ダビング等の手間賃は完全に勤労奉仕だった。

 そして、その頃全く違う目的で、全く別のボランティア・グループが、クマの知らないところで動いてい

た。2年4組最期のクラス合宿の前日、クマとアグリーはクマの家でオーダーされたテープのダビングを終

え、めずらしくサイモン&ガーファンクルの歌をクマのギター1本で遊びで録音していた。そこへダンディー

から電話が架かってきた。「あのさぁ・・・女の子達から頼まれて電話したんだけど。」ダンディーはいつも

のように淡々と話を続けた。「ナッパさんが君ともっと親しくなりたいと思っているらしいんだけど、自分

からは言い出せないし、合宿が終わったら君の方から誘って貰えないか、という話なんだ。」クマは最初面食

らったが、そう言えばコンサート終了後、ニッカがセンヌキにナッパを「深沢うたたね団」に入れてくれない

かと依頼した話や、夕日を物憂げな表情で見ていた事など勘案すると、思い当たる節も無いことはない。

2-4インケングループはそんなナッパの想いを忖度し、煮え切らない優柔不断なクマの背中を押す為、ダン

ディーに相談を持ち掛けたのだろう。「良かったじゃないか。」と言うダンディーにクマは礼を言って電話を

切った。彼は自分の置かれている立場を未だよく理解出来ないままアグリーの元に戻って、その話をそのまま

伝えた。アグリーは「やったじゃない。」と喜んでくれたが、心中までは図り知れなかった。

 二泊三日のクラス合宿は南房総の他の都立高校の寮を借りて行われ、引率は担任のカギ付きサナダ。参加者

は「うたたね団」とインケングループ + アルファ。特に何事も起こらず無事終了、夜、渋谷駅で解散となっ

た。そこから各々東急バスで帰宅するのだが、クマとナッパ、他男子2名が同じ路線であるのに、女の子達が

その2名に一緒帰ろうと声をかけ、結局クマはナッパと二人っきりなった。おそらく女子の間で話が出来上

がっていたのだろう。二人は三軒茶屋で降りクマはナッパの家がある三宿まで送ってゆく間に、デートを申し

んで快諾を得た。これから先の事は判らない。しかし二人が新しい世界へ一歩踏み出した事は間違いなかっ

た。至福の輝きか或いは更なる昏冥に向かって。<終>

緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 20(最終回)

12.「Don't Think Twice, It's All Right」クマは呟くように歌った

 とにかく何とか終わったのだ。アグリーはコンサートのライブテープの注文を取って回っていた。クマの

ところにはヒナコとムーがやって来て、「3年で同じクラスです。よろしく。」と挨拶した。彼は珍しく愛想

よく「こちらこそよろしく。」と答えた。その後、ナッパが例のカラオケテープを返しに来た。「これ表の方

も聞いちゃった。いい声ね。」クマは『それで、ほら、他に言うことはないの? 例えば私も実は前からクマ

さんの事が好きだったとか、春休みにデートに誘って欲しいとか・・・』と期待したが、やはり何も無かっ

た。それは本当はクマが言うべき言葉だったのだ。彼はしかし、自分の心を見透かされないように、笑いなが

らわざと怒った振りをした。

 ペチャ松が見に来なかったので残念そうにしているセンヌキに、ニッカはナッパを「うたたね団」に入れて

くれるよう頼んだ。しかし、取敢えず高校生活での青春に決別したつもりの彼は「僕等はもう解散するん

だ。」と冷たく言い放ったのだった。カメは大阪へ行く為、そそくさと帰っていった。

後片付けが行われている間、ナッパはニッカと窓辺にもたれ、思い悩んだような顔をしてうなだれていた。

黄昏は、空と雲と彼女の頬を紅に染めている。それは単にみんな別かれ別かれになるという感傷に浸っていた

だけだったかも知れないが、クマはその表情が何か言いたげだと思った。それ以外の者の顔は、心の中はどう

であれ、なんとなく晴々としていた。

 楽器や機材を再びリヤカーに積み込むと、「うたたね団」はヒナコとムーに手伝わせて、センヌキの家へ

戻って行った。ナッパはさよならさえ言わずに帰ってしまった。

そしてヒナコとムーはセンヌキの家のNAPスタジオで、録音されたばかりのテープを聞くや、地獄の光景を

見たのだった。「うたたね団」が互いに口汚く、けなし合いを始めたのである。

「なんだこれは! センヌキは完全に間違ってるじゃないか。」

「ゴメンよ! 間違ったもんはしょうがないじゃんか。それよか何でクマの声ばかりデカく入ってんの?」

「そうだ、クマの奴が一番感度のいいマイクを取ったんだ。きたねえ野郎!」

「違うよ、俺の方が声量があるんだよ。ボソボソ蚊のなくような声で歌ってんじゃないよ!」

「いや、クマはいつも自分さえ良ければいいと思ってんだ。」

「悪かったねぇ。でもボーカルのバランスを取るのは、ミキサーのトシキの仕事だろう。」

「僕は知らないよ。もともとみんな下手なんじゃない?」核心を突く鋭い一言が出た。

「なに~っ!!」

「いや、そうだ。この曲の時はカメがボリュームをいじってたんだよ。」

「そうかカメの責任か。」

「うん、カメが一番悪い。」もとより喧嘩になる訳でもなかったが、無事欠席裁判が済み、少し落ち着くと、

リヤカーを返しに学校へ戻り、全員近くにある駒沢飯店へ行ってタンメンを食べた。食べながらセンヌキと

ダンディーは、来年の受験の事を話していた。クマはその話に加わろうと、二、三言葉を探したが、すぐに

止めてしまった。彼にとって今は、受験などどうでもよかったのだ。『もうすべては終わったのだ』そんな

感慨がこみ上げてきた。

 店を出て、アグリーがギターを2本持っているのを見たクマは、「家まで1本持って行ってやろうか? 俺

は全部センヌキのところに置いてきたから。」と言った。しかしアグリーは、何故かその申し出を断った。

クマは誰かと一緒に帰りたい気分だったのだ。

そのままそこで全員解散した。もう再びI,S&N も「深沢うたたね団」も共に演奏することはないかも知れ

ない。クマはVANの黒いダッフルコートの襟を立てて、花冷えのする桜並木の一本道をバス停に向かって歩き

出した。去年の秋、文化祭の準備で帰りが遅くなった時、ナッパと二人で歩いたこともあった。あの時、一体

どんな会話をしたのだろう? 何も思い出せなかった。そして今、この夜に・・・。

頭の中では一つの時代が終わったという実感のみが、鈍く響いていた。心を燃やし、費やされた時間が、決し

て意味の無いものではなかったことを彼は知っている。しかし、今にして思えばこの二年間喜び、悲しみ、

そして苦しみなど、どれも些細な出来事に対して向けられたものに過ぎなかった。

「Don't  think  twice,  it' all  right 」昔聞いたボブ・ディランの歌を呟くように口ずさみながら、信号のところ

で立ち止まった彼は、「カフェテラス・ロッシュ」で幸せそうに食事をする、見知らぬ若い二人の影を見て

小さく笑った。そして通りがかったオレンジ色のギャランGTOの爆音が、その声を掻き消しながら、国道

246号線を多摩川に向かって走り去って行くのを、ただぼんやりといつまでも見送っていた。

 

 

 本当にすべてが終わってしまったのだろうか。<完>

緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 19

11. 「せっかく・・・」センヌキが恨みがましく非難した

 会場を三年四組に移して、マイクのセッティングやミキシングの調整が行われ、それが終わるとナッパから

春休みに行う最期のクラス合宿の説明があった。彼女の服装は白のブラウスに黒く細いリボンを垂らし、白い

毛糸のベスト、淡いピンクのミニスカート、そして白のハイソックスと、まるでアグネスチャンの衣装その

ものだった。

 客の入りはパラパラと三十名程度、その内の1/3 は出演者とスタッフだったが、女生徒に絶大な人気がある

「まり子先生」こと米原教員が来ている事が異色と言えば異色だった。それでもクマやアグリーが充分満足

していたのは言うまでもない。昨年12月に話が持ち上がったコンサートは、今まさに始まろうとしている。

クマがミュートしたギターでリズムを刻み、センヌキが歌い始めた。名曲「青い目のジュディ」の最後のリフ

レインである。予定では続いてアグリーが3度下、クマが3度上という風に3パート・ハーモニーになる筈で

あったが、センヌキは自分のパートをキープ出来ず、下につられたり上についたり、要は音を外しまくった。

しかし、途中で止める訳にいかず、エンディングだけ何とか決めて、次はニール・ヤングの「オン・ザ・ウエ

イ・ホーム」、グレアム・ナッシュの「ティーチ・ユアー・チルドレン」と、もろC,S,N & Yのアルバム

「4way street」のコピーで通し、途中オリジナルを挟んで最後はやはりC,S,N&Yの「愛への賛歌」で

しめた。と言えばカッコいいが、スペアのギターが無い彼等はチューニングの変更に手間取り、その間誰も

MCをする余裕がなく、皆を白けさせた。いつの間にか現れたアガタの「もう、止めちゃえよ」と言う言葉

が妙に現実性を帯びて聞こえた。その点で言えばクマのギター1本でやった曲の方が余程纏まりが良かった。

  次はサチコである。彼女はその日の朝、風邪でいつもの美声?が出ないことを理由に、出演を取り止める

とクマに申し出ていた。本当はどうでもよかったクマだが、一応なだめたり、すかしたりして出演させたので

あった。サチコは確かに鼻声で喉の調子もいまいちだったが、演目をすべて歌い切った。「うたたね団」は

ぶっつけ本番で伴奏したがまずまずの出来であった。

 続いての登場は、憎んでも余りあるHIM(ヒナコ&ムー)である。奴等は最初30分と報告していたにも

拘らず、延々一時間以上もやりやがって完全にコンサートの主役になってしまった。『だいたいヒナコという

女は、よそのクラスまで来て態度デカくよくやるなぁ』と、日頃図々しいと皆から言われているアグリーで

さえ、すっかり感心してしまった。彼女達はヤマハ提供の「コッキーポップ」というラジオ番組で放送されて

いる曲や、ムーの自作曲を冗談を交え次々と歌う。ムーのギター演奏は相変わらず酷かったが、ヒナコの歌声

は素人離れして妙にセクシーでもあった。最後オフコースの「でももう花はいらない」で打ち上げた。クマは

その曲を初めて聴いたが、なかなかいい歌だと思った。やはり歌は曲と歌詞、そしてボーカルの技量であっ

て、些細なギターテクなどある意味どうでもいい事なのだ。それをクマ達は思い違いしていたのだった。

 そしてナッパは腹山と共に1曲歌い、あとはソロである。彼女の出番を後ろに持って来たのは、先にやって

帰ってしまわないようにと、ここでもクマの考え過ぎとも思える、緻密で万全な計算が働いていたのだ。

ナッパは例のカラオケが多少功を奏したのか、かなり難はあるものの「うたたね団」の伴奏に何とかついて

きたが、ラストの「あなた」で勇んでベースを持ち上げたクマは伴奏を断られてしまった。「あの~」ナッパ

は言いにくそうに小さな声で言った。「いいです。伴奏があるとかえって歌えないの。」アグリーをはじめ

「うたたね団」は声を上げて笑った。あの練習の状況を考えれば、それは当然と思われたが、センヌキはクマ

の気持ちを代弁するかのように、「せっかくベースの人が一生懸命やろうと思ったのに!」と恨みがましく

非難した。その一言は気の弱い彼にしては、よく言ったと後々まで語り草となった。

 「ゴ、  ゴメンナサイ」ナッパは本当に申し訳なさそうにクマを見た。その時、彼女はこの曲を下手な伴奏

などに惑わされることなく、心を込めて歌いたいのに違いない。クマはそう思った。

 「深沢うたたね団」は和洋、オリジナル等種々取混ぜ演奏したが、基本的にエレキは得意としておらず、

クマはリードギターとベースを持ち替え奮闘したが、あまり結果がついて来なかった。「・・・6700」も

期待した程受けず、ボーカルが殆ど聞き取れない最悪のパフォーマンスを露呈、それでもラストの「オハ

イオ」をクマとアグリーのツインリードで図々しく9分もやって、またみんなを白けさせた。

 最後はクマ達の呼びかけに全員立ち上がり、チューリップの「心の旅」をSING OUTして、3時間に

わたるフェアウェル・コンサートのすべてのプログラムが終了した。<続>