緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 12
6.「月の法善寺横丁」???
4月から高校3年に進級することを控え、卒業後の進路に合わせてクラスの振り分けをする参考の為、学校
側による「進学」「就職」、そして「進学組」は国公立大学、私立大四年制、短大のそれぞれ理系、文系別の
個人調査が行われた。出来れば早く数学と縁を切りたいと切望していたクマとアグリーは、迷わず、とはいえ
学費の出費の問題も関係するので、無論親と相談の上、私大文系を選択。当時の相場は、受験料1万円、学費
年間25~30万円位、その他入学金として数十万円だった。
センヌキは突然「東大に入りたい。」と宣言、国立文系を選んだ。その理由はといえば、「とにかく東大に
入りさえすれば、将来一流企業の何処かには就職出来るはずだから、大学時代一番遊べるのは何と言っても、
やっぱり東大だ。」という彼らしく世の中を舐めた現実的なものだったが、いくら大学教授の息子とはいえ、
東大に合格すること自体に現実性がないことには、気付いていないようだった。
女子の方では国立大学を目指すメガネユキコ以外、殆ど私立大学文系を選んだ。ナッパはどうも女子短大
志望らしかった。『・・・という事は3年でも、ナッパと同じクラスになる可能性があるな』クマとアグリー
は同じ事を考えたが、互いに口に出すことは無かった。その頃将来をきっちり見据えていたのはそれこそ進学
しない青山純くらいだけだったかも知れない。
さてフェアウェル・コンサートの方だが、風邪気味が続いているという理由で出演を保留にしていたナッパ
は、ついに英断を下したのか出演が決定した。一応『原ブー』こと腹山という同クラスの女子と一部共演との
事であった。とにかくクマやアグリーにしてみれば、大ウエルカムだったが、日頃あまり目立ちたがり屋で
ない彼女を思うと、一同「へ~え!?」という印象の方が強かった。演目は、小坂明子『あなた』、チェリッ
シュ『若草の髪飾り』、お約束のアグネスチャン『草原の輝き』、そして何故か理解不能な藤島桓夫『月の
法善寺横丁』。伴奏は例のムーがやるものと思われたが、クマはまさかの場合に備え、彼女が届け出た歌の
演奏を、「うたたね団」用にアレンジし、人知れず練習を開始した。そして自分のギターやベースに合わせ
歌う彼女の姿を想像し、しばらくの間うっとりしていたのであった。
いつになく難問が多かった魔の三学期末試験を何とか乗り越え、いざ I,S&Nも本格的に練習をという時、
アグリーが風邪をひき寝込んでしまった。その間にクマは、アガタと共にアガタの中学の同級生で、今は大工
をやっているというシュウという男に、コンサートで使うボーカルアンプを借りる為、彼の家を訪ねた。
シュウはバギーのGパンをはいて、ベッドの上に寝転がり煙草を吹かしていた。リーゼント頭の見るからに
ツッパリ男である。そういう人物、空間に場慣れしていないクマはすっかり縮み上がって帰ってきた。アンプ
は気前よく借してもらえたのだが、雨が降り出して来た為、数日内にアガタが学校まで運んでくれる事に
なった。