緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)62

42.ただその四十分の為だけに(「告別演奏會顛末記」その後)(24)

 

 「そろそろ」クマはそう切り出すと皆の顔を見ながら続けた。「演目を全て決めないと間に合わなくなると思うんだけど」、アグリー、ヒナコ、ムーの三人は夫々頷く。

 1974年9月、新学期は既に始まっている。世田谷区民会館の本番まであとひと月半、もうそれ程時間は残っていなかった。

 「それで整理すると、決まっているのは、アグリーの『観覧車』。それからヒナコの『さようなら通り過ぎる夏よ』と『秋祭り』。そしてムーの『ぎやまんの箱』と『ゆりかご』。以上五曲だけど、これでいいよね」

 「そうだね、後二、三曲いるって事か」アグリーが答えるとヒナコがそれに続けた。

 「あとはクマさんのじゃない」

 「うん、それで考えたんだけど、僕の『君に捧げる歌』とアグリーの『君への賛歌』をメドレーにして一曲にしたらどうかと思うんだ」

三人は黙ってクマの顔を見た。

 「この二曲は僕とアグリーの記念碑みたいなもんで、これをカップリングする事に意義があると思うんだ。勿論フルコーラスじゃなくて短くしたものをくっ付けて。そうすれば1.5曲分くらいの長さで済むと思う。それでキーが僕のがDで、アグリーのがEだけど、繋ぎの部分で転調すれば割とすんなりいける筈だ」

 「そうするとあと一曲」とヒナコ。

 「うん、只今制作中」クマが答える。

 「どんなん」アグリーが聞く。 

 「英語のグラマーのメスダヌキがいるでしょ。彼女の事をおちょくった歌」

 「タヌキって、森本教員の事か」

 彼等は決して教師とは言わなかった。特に反抗的であった訳でも別にグレていた訳でもなかったが、教員採用試験を受けて教員免許を取得したプロであるから、教員が正式名称なので、そう呼ぶのが筋だという考えだった。従って先生などという文字は論外だったのだ。しかし、本人と話す時は何のためらいも無く「先生」と呼んでいた。

 「えーっつ、コミックソングか」アグリーは少し眉をひそめて言った。

 「受けを狙ってるんだけど。出だしはこんな感じ、♪クリクリお目目の カワイイあの子は 人里離れた 山のタヌキ♪ ダメかなあ」クマはギターを弾きながら歌った。

 「何とも言えんな。大ゴケかも」アグリーは首を傾げる。

 「僕はいいと思うけど」相変わらず男言葉のムーがボソッと呟くように言った。

 「しかめっ面して歌うばかりじゃねえ」と言ったのはヒナコ。

 「えーっと、歌詞についてはもうちょっと考えてみるよ」クマはすんなりと妥協案を提示した。

 「まあ、これで全曲出揃った訳だ」とのアグリーの言葉に「出来ればもっとアップテンポの曲があればいいんだけど。取敢えず、リストにしてみると」と言ってクマは黒板に書き出した。

  1.観覧車

  2.さようなら通り過ぎる夏よ

  3.ゆりかご

  4.秋祭り

  5.君に捧げる歌/君への賛歌

  6.ぎやまんの箱

  7.もう帰ろう

 「こうやってみると、結構それっぽいね」

 「うん、リストだけだと音が無い分いいかもね」クマは肩をすぼめた。

 「またクマさん、そんな事ばっかり言って」ヒナコが肘で突っつきながらクマを見た。

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