緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)59

39.ただその四十分の為だけに(「告別演奏會顛末記」その後)(21)

 

 1974年9月27日。その日、世田谷区民会館で行われる文化祭まで残りあと三ヶ

月を切っていた。その舞台で「ヒナコさんグループ」に与えられる時間は未だ不明だっ

たが、演奏する予定のレパートリーの内、取敢えずムーはオリジナル二曲目も決まり、

ヒナコの一曲と合わせて取敢えずこれらは練習をすればいいだけになった。

 しかし当然その三曲では数が足りない。少なくとも三十分以上はステージに居る事に

なる筈であるから、後四、五曲は用意しなければならず、最も手っ取り早いのはアグリ

ーとクマが既に作った歌から選ぶ事であったが、それはいつでも出来る訳で、クマはヒ

ナコの顔を見る度に専らあと一曲何とかするようプレッシャーをかけ続けてきた。そし

てその日の練習でも同様、開口一番こう言った。

「ねえ、何か無いの。取敢えずさ、曲か歌詞か、どちらかがあれば後はどうにかするか

らさ」

「そうねえ、ないことは無いんだけど、ちょっとねえ、あんまりねえ」

「ちょっと何よ、いいからやってみてよ」クマに促されヒナコは自信なさげにギターを

持ち上げてボソボソ蚊の無くような声で歌い始めた。

「 ♪ 秋祭り 秋祭りのお囃子の音が・・・」彼女は最初の四小節を歌うとそこで止めて

首を横に振りながらクマの顔を覗き込むように見た。

「いいじゃない、ねえ」クマはアグリーに同意を求めた。

「全然オーケーだよ。季節感も秋でピッタしだし」当然アグリーは自分が与えられた役

割を果たす。

 それは極ありふれたフォーク調の曲で、しかもキーは定番のAm。これでもかと言う

程マイナーな歌だったが、散々せっついて出させたものであり今更貶す訳にも、まして

や別の曲を要求する事など出来る筈も無かった。

 一応最後まで通して歌を聴くと、クマはいつも携帯している五線譜を取り出し大雑把

な譜割をしてコードをすらすらと書き込みながら、ヒナコに確認した。

「タイトルは ” 秋祭り " でいいんだよね。そして歌詞は」

クマがそう言うとヒナコはスヌーピーの便箋を取り出した。

 

     秋祭り 秋祭りの人混みの中で

     あなたとはぐれて一人の私

     浴衣姿 裸電球

     赤い風船が手を離れ

     暗い夜空に消えてった

     

     秋祭り 秋祭りのお囃子の音が

     私の寂しい心に染みる

     金魚すくいに風船釣りと

     いつかあなたの事も忘れて

     一人はしゃいで夜は更ける

     

     秋祭り 秋祭りの終わったその後で

     気がついてみたら一人の私

     綿あめの甘い香りを残し

     散らかった神社の境内を

     秋風も寂しく吹き抜けた

 

「最高じゃん」アグリーが大袈裟に叫ぶと、ヒナコは照れ隠しなのか彼の背中を平手で

叩いた。

 一方「悪くない」そう呟いたクマの灰色の脳細胞にまたしても灯りが点灯した。

『そうだ、これはイントロと間奏で、CSNYかガロのような癖のあるリードギターを入

れれば、ちょっとはハイセンスになるのではないか』

 その為にはAmよりはDmの方がより自分としては弾きやすい、しかしキーは五度高く

なる。早速クマは自分がDmで演奏し、ヒナコの声のチェックをした。

 その結果一番音程が高くなる部分で時折声が裏返りそうになるものの、これは歌い込

めば何とか解消されそうだと彼は思った。

 クマは相変わらず、事音楽にかけては自分本位で冷酷な迄非情であり尚且つ容赦が無

かった。

「何かクマさんて高い声ばっかり求めてない」ヒナコは半ば呆れたように言ったが、ク

マは『それはもしかしたらその言葉は、暗に自分が未だあのアグネス・チャンが歌って

いるようなナッパの甲高い声の呪縛から解き放たれていない事をさしているのか』と考

えた。しかし彼はその事を声には出して言わなかった。

 

 その日もクマは家に帰るとヒナコの新曲に罹りっきりになった。そして何度か繰り返

しギターを弾いているとある事実を発見した。

『このコード進行は何処かで聞いた事があるぞ』

 試しにその思いついた歌を重ねて歌ってみると、彼の仮説は確信に変わった。それは

間違いなくコッキーポップというラジオ番組で流れている、ウイッシュという女性デュ

オが歌う「六月の子守歌」そのものであったのだ。

 クマは一瞬、人の秘密を暴き、隠れていた本性を垣間見たような、密かな快感に近い

感覚に陥ったが直ぐに思い返した。

『これはコード進行が同じだけでメロディーは全く異なるのであるから、何ら問題はな

い』

 それは全くその通りであり、少なくともクマが神とも仰ぐポール・サイモンの名曲

サウンド・オブ・サイレンス」を盗用し、「夜明けのスキャット」などという駄作を

恥ずかし気もなく世に出して印税を稼いだであろう『いずみたく』という名の作曲家よ

りはずっとましだ。そう考えたクマは折角の自分の大発見を封印する事にした。

 

 「秋祭り」のアレンジにはそれ程手間はかからなかった。基本的には典型的なスリー

フィンガーを使い、後半からは少しずつストロークを入れていってエンディングを盛り

上げるといういつものパターンだ。

『代り映えしないかな、でもそれ以外に何か方法はあるだろうか。精々6弦をEからD

にドロップする位か』

 いつしかクマの指は自然にCSNYの「Find The Cost of Freedom」で演奏されるニー

ル・ヤングの泥臭いギターフレーズをつま弾いていた。

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