緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)51

31.ただその四十分の為だけに(「告別演奏會顛末記」その後)(13)

  

 「今を尊ばなければ一体 ”いつ” という時があるのか」確かにクマはそう言った。しか

し、そうは言ってみたものの具体的に何をすればいいのか、彼自身全く見当もついて

いなかった。『あの場の停滞した雰囲気を何とかしょうとしただけだ』と彼は思った

が、それで済ます訳にはいかない。『多分、クマが完パケまで持って行ってくれる』少

なくとアグリーは間違いなくそう考えている筈である。

  

 話は遡る。それは1973年12月、上野毛のセンヌキの家で行われたアグリーのオ

リジナル曲の録音が一段落した時だった。

 その日夕方、センヌキの母親が差し入れてくれた夕食を食べながら、アグリーが言い

出した。「せっかくこうして練習したんだからさ、コンサートやらないか」

何事にも軽いセンヌキが賛成する。「あっ、いいねそれ、やろうよ」

「うーん、そうだねぇ・・・」二人はクマのその次の言葉を待った。クマはなかなYES

と言わないが、一度そう言ったら必ずそれをやる男、アイツに任せれば間違い無い。そ

の点だけは、彼は仲間内で一目置かれている。

「どうせ二年生も、もう3月で終わりだし、三年になればクラス替えで受験勉強も少し

はしなきゃいけないし、最後に皆でパーッとやろうよ」”別れ”とか ”最後”とか哀愁を帯

びた言葉に弱いクマの性質を知るアグリーがたたみこむ。

「うーん、いいかもね。最後にね ”さよなら” いや ”フェアウェル・コンサート” か、や

ろうか」

フェアウェル・コンサート・・・クマがその言葉の響きに未だ酔い痴れている時、アグ

リーとセンヌキは目でうまくいった合図した。 

 

 もしかしたら自分は、楽器の演奏能力や音楽の知識から求められたのではなく、何か

事を成す時の実行力の方をかわれたのではないか、クマは時々そんな気がするのだっ

た。

確かにクマは何かを纏め上げる能力は秀でており、自分が興味を持った事柄であれば、

それを遂行するにあたって、あらゆる労もいとわなかった。結局フェアウェル・コンサ

ートもクマ達の演奏の出来の良し悪しは別にして、興行としては成功裏に終わり、自分

達のライブ・レコーディングを行うという、クマの録音マニアとしての当初の目的も達

成した。

 そして何よりも、そのコンサートをきっかけとして、憧れのナッパとの交際という思

いもよらない贈物まで付いて来たのだ。但し、その結果は惨憺たるものだったが。

 ところでクマは、小学四年から中学卒業まで毎年学級委員を外した事はなかった。勿

論自ら立候補などはせず、またクラス内には、どちらかと言えば杓子定規な彼を疎まし

く思う者もいたはずだが、何故かいつも選ばれるのだ。そして上級生も含め、ある程度

選ばれた人材が集う生徒会に、毎年続けて出席しているうちに、やがて顔と名前を覚え

られ、子供の世界であっても一目置かれる存在になって行った。

 また彼は年長者と付き合う事は全く苦にはせず、彼等と対等に話が出来きた。それは

恐らく幼少期から同年代よりも年上と遊ぶ事が多く、そこで得た様々な体験や また貪

欲な読書家であることが大きな要素となったかも知れない。

 そして彼が中学生だった時、学内でギターを弾く為に友人と語らって、生徒会を牛耳

りギタークラブを設立させる事にも成功していた。そこでは綿密に計算された計画と教

職員を説得する能力が発揮され、難なく願望を実現化するという、通常あまりあり得な

いような経験を積んで来たのだ。

 一方音楽面において彼は、レコードをカセットテープに録音して、ヘッドホンで何度

も繰り返し聞くうちに、様々な楽器の音をバラバラに捕らえる事が出来るようになり、

音がぶつかる不快感や逆に心地の良い不協和音などを理解するようになった。そしてそ

れらを組み合わせる事により一つの楽曲を作り上げてゆくという作業に夢中になった。

それはあたかも人間社会のひな型のようであり、実際小集団に通じるところがあった。

即ちリードギターが映える為には、そのバックを支えるベースやドラムスが必要である

ように、誰かが表舞台で活躍するには優秀なスタッフが揃わなければならないし、その

スタッフを纏め上げる強いリーダーシップを持った者が必要不可欠なのだ。

  従って、今回クマがこのグループで担う役割は、彼自身は望んではいなかったが、結

局のところ、運営面と音楽面双方の参謀と指揮官になる事であった。

  

 「それはそうと、世田谷区民会館のステージに必ず出られる保証ってあるの」

アグリーの家での二度目のミーティングで、開口一番クマがそう聞いた。彼は漸く自分

が他の三人を引っ張って行かねばならないと自覚していた。

「確かにそうだ」アグリーが相槌を打つ。

「それは多分大丈夫、クラスの文化祭準備委員の前田さんに確認したら、今のところ未

だ誰も申し込んでいないみたい。それで申込者多数の場合は抽選になるんだけど、私達

三年生なんで最初に申し込めば優先的にオッケーだって」ヒナコが答えた。

「委員長は誰」クマは情報収集に余念がない。

「確か、五組のコウノって言う男子だったかな」とヒナコ。

「それは河野さんだろう。一、二年は一緒で結構仲が良かったから話易いよ。きっと味

方になってくれると思う。だったら先ず、このバンドの名前を決めよう」クマはそう言

った。

「どうしても名前は必要なのかい」アグリーは面倒くさそうに言う。

「少なくとも文準(文化祭準備委員会)に届けるのに必要だろう。個人の名前を列記し

たら皆別々だと思われちゃう」

「だったらザ・クロッジってのはどう」アグリーがいきなり提案した。

「何それ」

「俺が中学の時入っていたバンド」

「意味は」

「痔が酷くなると柘榴みたいに赤くツブツブ、グチャグチャになることから、柘榴痔っ

て言うらしんだ」

「いやだ、そんなの、ねえムー」ヒナコは呆れて笑うしかなかった。

ムーも笑って答えた「僕は別に構わないけど」

「それと我々って何か関係あるの。それにもう1974年なんだよ、今更グループサウ

ウンズみたいにザ、何々とか名乗るの止めようよ。大体そんな名前じゃあ公序良俗に反

するんじゃない」クマの発言にムーが頷いた。

「一人一つずつ名前を考えて、あみだで決める」クマは皆の顔を見回した。

 

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