緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)36

小休止(2) 新生老舗レストランを南青山に訪た <その5>

 

 そしてT氏はワインを一口飲み漸く口を開いた。「これ、味はいいんだけど、兎に角

強烈だ。」と理解不明な言葉を呟いた。私も早速残った一欠片を取り皿に乗せ、更に小

さくフォークで切って口に運んだ。過去からかなりのブルーチーズを食して来たつもり

だったが、この手の味は初めてだ。これ迄の経験に比し、特段臭みがある訳でも、塩気

が強い訳でも無い。それでも凄まじい程の衝撃が口の中を蔽いつくす。困惑する私の顔

を見たT氏は、半ば笑いながら「初めてチーズに負けた」と言い、皿に残った ブルー

チーズに恨めしそうな視線を送った。これが有名なロックフォール (Roquefort) の味な

のかどうか判断するには、私は未熟過ぎT氏に向かい苦笑するしか術は無かった。

 しかし歳を重ね、いけ図々しさを多少なりとも身に着けた私はこんな事ではめげな

い。次なる試みは幾分の酔いも手伝い、今夜、この場所で周囲の注目を集める事と定め

た。先ず、手始めは以前元赤坂にあった自家製レモン・チェッロ(Limoncello) の存在を

確認しオーダーする事だ。この果樹酒は元来イタリア発祥で、デパ地下等の洋酒売り場

に行けば容易に手に入るが、この店の自家製であり、何と言ってもそのボトルの異形に

インパクトがある。(写真11)

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                 <写真11> 自家製レモン・チェッロのボトル

  尚、私はこれを勝手に「氷レモンのオバケ」と呼んでいる。それまでまったり赤

ワインを飲んでいたT氏も、「やっぱり、あるんだぁ」と洒落た眼鏡を通し懐かしそう

にこのボトルを見た。すぐに食後酒専用の小さく細いグラスが運ばれ注がれる。私は

口を付ける前に、それをT氏に差し出しテイスティングを勧める(何でもシェアする訳

では無い、念の為)。感想は一言「甘くて酸っぱくて爽快」、まさにその通りだ。但し

ウオッカ・ベースなので飲み過ぎは危険。

 ところで周囲の受けを狙ったこの行為だったが、豈図らず全くリアクションが無い。

皆、常連なのか会話に夢中なのか分からないが、いい歳をした自分の仕業を恥じるしか

無かった。

 それでも私が次なる挑戦を考えている時、冷静なT氏はフロアーに誠オーナーともう

一人(顔は見覚えがあるが、名前が思い出せない)しか居ない事に対し、「スタッフが

足りないのでは」と問題提起をした。確かに私も他のテーブルの客がオーダーをしよう

と、スタッフを探すような仕草を何度か目にした。この店は以前から注文を受け料理が

出される迄ある程度時間を要していたが、我々のようにダラダラと飲酒を続けない人に

とっては、少しイラつくかも知れない。しかし少なくとも注文を取るスタッフが後一人

欲しいような気もする。その辺りが費用対効果の問題だろう。何れにせよ、辛口評論家

のT氏の眼力は流石だと思った。そして私は最後の切り札を出す。

 カクテルにベリーニという物がある。ピーチネクターを使用した甘く美味な飲み物

だ。かって元赤坂で他の客のその魅力的な色合いの飲料を見た私は、同行のT氏に「あ

れは何か」尋ねると、博学な氏は事もなげに名前を教えてくれ、我々は早速オーダー

した。その後、事ある毎に締めにはこれと決めていたが、ある時あの浅見さんが「今日

は特別なベリーニがある」と言う。迷わず注文すると何と苺で出来ていた。私はその記

憶を蘇らせ、季節を考慮しスッタフにその有無を確認。その結果がこれである。

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          <写真11> 苺のベリーニ 右端に食後酒専用グラスが見える

今度もテイスティングしたT氏は、「やっぱり、これはまるでデザートのよう」と評し

微笑んだ。

 やがて他の客は席を立ち始め、ふと腕時計を見ると23時半を差している。流石に

帰らなければならない。取敢えず勘定を頼む、締めて二人合わせ仕上り五万二千円、勿

論ダッチアカウントだ。食事量に比べ圧倒的に酒量が多く、多くの人はこれと逆の立場

を取るであろうから、多分もっと安く済むと思う。

 店を辞する時、誠オーナーから紅い薔薇のプレゼントがあり、出口まで見送りを受け

た。そしてT氏に痛む腰を押され階段を上り、カナユニが見えなくなる踊り場で振り

返った私の目は、背筋を伸ばし未だそこに立つ横田誠氏を捕らえた。その姿は今は亡き

先代オーナー横田宏氏と重なって見えた。何の力も無い私だが、新生カナユニがこの地

からまた新たな伝説を積み上げて行く事を願って止まない。

 帰路のタクシーの中、深紅の薔薇に視線を落としながら、私は思わず頬を緩ませ、子

供の頃から好きだったサイモン&ガーファンクルの「59番街橋の歌」を小声で口ずさん

でいたのだった。

              ♪  " Got no deeds to  do

                 No promises to keep

                               I'm dappled and drowsy and ready to sleep

                              Let the mornig time drop all its petals on me

                                                       Life, I love you

                                                         All is groovy "  ♪

                                                                                                                                 <終> 

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                                and is dedicated to you, "T"

 

      *      *      *      *      *

 

 我々がカナユニを訪れたのは土曜日であった。その帰路、私は店に帽子を忘れた事に

気付いたが、別段高価な物でも無く直ぐに諦めた。果たして週明け月曜日の夕刻、何と

横田誠オーナーから電話、その帽子を送付してくれると言う。私は一瞬躊躇したが有難

く好意を受けた。せめて何か出来ないかと考え、グーグル・マップで所在地が元赤坂の

ままになっていたのを修正送信、後日反映された。

 話は前後する。私は最初、このカナユニに関するブログを一回で終える心算だった

が、何時もの癖で五回に亘りまたこの最終章に至って、PCの不調並びに表示の不具合

を解消出来ず、結局公開まで凡そ一ヶ月余りを費やした。その間メールで励ましや提案

をしてくれたT氏に、感謝の意を込めて「 ”T”に捧ぐと」書いたが、多分そんなものは

要らないと言われるはずだ。

 そして何よりも、店内撮影とブログ掲載を快く了承下さった横田誠氏にこの場を借り

て深謝申し上げる。願わくば当ブログをご高覧賜った方がカナユニに足を運んで頂きた

いものである。

 このところの陽気に誘われたのか、私のエンゲル係数はうなぎ登りだ。(2018年4月)

 

備考:レストラン カナユニ

           〒107-0062

           東京都港区南青山4-1-15 アルテカ ベルデプラザ B1F

           Tel 03-3404-4776  Fax 03-3404-4766

           営業時間 月~土/17:00~24:00 (除 日曜、祝日) 

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