緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)35

小休止(2) 新生老舗レストランを南青山に訪た <その4>

 

 ところで我々には一つ気掛かりな点があった。それはかって種々便宜を図ってくれた

浅見さんの姿が見えない事だった。私は氏の風貌から随分高齢と思い込んでいたが、カ

ナユニへの道すがらT氏から我々とそれ程年齢差が無いと聞き、それなら再会出来る可

能性もあるなと思っていたからだ。思い切って誠オーナーに訊ねてみると、現在神楽坂

で働かれているとの由。先ずは健在である事だけでも分かったので少し安心した。

 

 やがて木の葉が音も無く散るように夜のとばりが店を包む頃、漸く客が入店し始め

る。私は元来他人のプライバシーに立ち入る趣味は無いが、それとなく見ていると中年

男性と若い女性のカップル。赤ワインのボトルを氷入りのワインクーラーでオーダー、

更にフロアースタッフが例の折り畳み式テーブルを運ぶ。上り坂、下り坂に続く「まさ

か」と思ったが、矢張りいきなりタルタルステーキだ。更に次の客が来る。なんと全く

同じ様なカップルで白ワインとスープをオーダー後、驚く事にこちらもタルタルなので

ある。T氏は彼等に背を向ける位置にあり、そもそも牛肉好きながらタルタルステーキ

には興味が無いので、敢えてその出来事は伝えず互いに赤ワインを飲みながら会話を続

けていた。やがてT氏が別室に立った時、私は改めて彼等を見、自称ストーリーテラー

として妄想が膨らみかけるも、唯一つ、かって我社社長がそうであったようにタルタル

ステーキで滑る事を念じつつ両カップルの幸せを祈るに止めたのだった。

  

 この店にも赤坂と同じようにバンドが入っていた。その夜はジャジーなピアノと歌手

女性二人組。あの位ジャズピアノが弾けると気持ちいいだろうなと私が言うと、T氏は

それに答えず、あのボーカルの子「しずちゃん」に似てないか、ところでしずちゃん

って知ってると問う。いくら昨今の芸能界に疎い私でもその程度の常識はある。

 やがて三三五五、客が入店、殆どのテーブルが埋まり、そして我々は満を持して何時

もの定番メインディッシュをオーダーした。

 

 苦節幾星霜、遺恨十年磨一剣、遂にサンビッツがその姿を現した(写真9)。尚、か

なりオーバーな表現ではあった事は素直に認める。

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              <写真9> サンビッツ (Sunbits Kana-Uni Style) 

  写真のフォーカスが甘く非常に残念。こんな事ならばニコンのデジタル一眼を持って

行けばよかった、と後悔(また余計な話を!)。これは所謂一つのシャトーブリアン

(だと信じている)のステーキ。適度な厚さに切られた肉自体は冷ましてあるが充分柔

らかい。オープンサンドなので温かく薄めのトーストが添えられている。先ず肉を手前

にあるタレに浸しパンに乗せて食するのがこの店の流儀(勿論、as you like it. だが)。

この特製タレは粒カラシ(grain mustard moutarde à l'ancienne)をベースに何か野菜

のみじん切りが入っており、それに醤油を足す。この野菜は一体何なのか。

 私はセロリと考えていたが自身でも料理をするT氏の意見を聴いてみると、セロリ説

を否定しないものの以前自宅で「なんちゃってサンビッツ」を作った時は、さらし玉葱

とポン酢を使ったと言う。確かに粒マスタードの製造過程でワインビネガーか酢を入れ

るし、それはそれで説得力があると思った、しかし実際のところ何かは不明のまま。

まあ、料理は能書きで食べるものでは無く、美味しいと感じられればそれで良いのでは

ないだろうか。

 本来、白ワイン好きなT氏もこれに備え既に赤に替えている。そして我々は久々に

この味を心ゆくまで堪能したのだった。

 

 その後、私が別室から戻って来ると何と見かけぬ一皿がある(写真10)。

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                 <写真10> チーズの盛り合わせ 左がブルーチーズ

T氏にオーダーしたのと聞くと笑って頷く。私もチーズ大好き人間なので無論異論は

無いが、かってのカナユニで浅見さんにメニュー外にも拘らず、チーズのようなものは

ありますかと尋ねたら「かしこまりました」と答え、暫くするとミルフィーユ・パイの

上に鰻の蒲焼みたいな物が乗せられた料理が出てきた事を思い出した。

早速T氏がブルーチーズ一欠片を口にする。暫く黙していたが、見る見るうちに表情が

変わっていくのが分かった。一体何が…。<続く>

 

      *       *      *      *      *

 

 今度こそ本当に、このカナユニ・シリーズに結着をつけるつもりだったが、思うとこ

ろあり、またしてもここで区切る事にした。次回こそ完結を目指す! 心算。

(2018年4月)