緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)26

16.日本の地方自治の性質 1975年 (1)

 イギリスの政治学ブライスは「地方自治は民主主義の最良の学校である」と述べ

た。これは地方の政治を理解しながら同時に国の政治を理解するきっかけを掴むこと

が出来るという意味であるが、戦前の日本では形の上では地方自治が行われてはいた

が、基本的には強大な中央権力の統制下にある中央集権主義がとられていた。即ち、

明治憲法には地方自治に関する規定は無く、明治21年に市制・町村制、同23年に

府県制・郡制が定められながらも、国の監督権は極めて高く、府県知事は任命制で

内務大臣の監督下にあった。しかも大正8年迄は等級差別選挙(納税額によって票に

等級をつける)が行われ、また、明治32年迄は府県も間接選挙制であり、いわゆる

健全な民主政治の発展を妨げていた。戦後になって地方自治は、ドイツのロージン流

理念型に従えば、国の変位に基づいて団体自治から住民固有の権利とする人民自治

への転形、議会権限の強化、公選原則の徹底、参政権の拡大、住民請求制度の創設、

各種行政委員会制度の導入など、確かに自治制度外形は大幅に革新された。しかし、

制度の実態は必ずしもそうであるとは言い切れない。即ち、行政官僚、地方公務員、

地方住民の意識構造には革新と言われる程の大変革は生じていないと思われるので

ある。地方自治体の固有財源はそれほど多くなく、国庫補助金等によって財政面が

成り立っている為、自主性に欠ける面も散見される。従って公営ギャンブル等に

よって財政を賄い、賭博のテラ銭が純正なるべき教育の費用となってきたりしている

ことが正当化されるという矛盾さえ引き起こしている。<続>