緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)24

14.めもらんだむ 1978  2.

 彼女の髪は相変わらず長かったし、肌は透き通るように白かった。そして微笑んだ

時の瞳も未だあどけないままだった。僕の記憶の中にある和子は、すべて美しく可愛い

らしかった。

「おめでとう。」とひとこと言い僕は笑ってみせた。「ありがとう。」と和子もぽつり

と答えた。あまりにも取って付けたようなその会話は、僕を苦笑させた。『僕はいつも

そうだった。どんな事を聞かされても、驚くということは無かった。入院していた父親

が急死したという電話を受けた時も、茫然としている家族の中で一人冷静でいられた。

大学の同級生の秋山が自殺した時も何かショックを受けることは無かった。そして今、

最愛の人である和子が結婚すると聞いても、平気で笑っていられる。僕は余程鈍いか

冷たい人間かも知れない』

 二日後、僕は披露宴の招待状を受け取った。「佐藤 進」それが和子の相手の名で

あった。「全然ハンサムじゃないのよ。」と和子は幸せそうに笑って言っていた。

『佐藤 和子か…。」僕はそう呟いてみた。確かに僕は将来、彼女が島崎 和子となる事

を望んでいた。しかし僕はまだ大学生だし、彼女は短大を卒業したばっかりで、とても

具体的に結婚について話し合う状況では無かった。『君は夫の為に朝食を作り、会社へ

送り出すだろう。そして洗濯や掃除をして一人昼食を食べるだろう。その後夕食の献立

を考え、買い物に出かけるだろう。道で近所の住人と出会って、当たり障りのない世間

話をするだろう。そして夕方夫から、今から帰るという電話を受けて、食事の支度を

始めるだろう。それが済むと後は夫を待ってテレビか雑誌を見ているだろう。やがて夫

が帰ってくる、君は幸せそうな笑顔で迎えるだろう。そうやって和子の一日は繰り返さ

れ、時期が来れば、夫の実家である旅館の若女将になるのだろう。』招待状の活字を

見ながら、僕はそうやって考えを巡らせ、一度も彼女に好きだと言わなかった事を思い

出した。『しかし、和子はそれを分かっていたはずだ。』僕は最早取り返しのつかない

遠い所に彼女が行ってしまった事は十分理解しているつもりだった。映画の主人公の

ように、彼女を式場から奪い去ることなど出来ないし、かといって借りてきた猫のよう

に、おとなしくテーブルについていることも耐えられそうにない。

結局僕は、欠席で葉書を返送した。そしてそれから今日まで、心にぽっかり穴が空いた

まま、時が過ぎるのをじっと待っていたのだ。考えてみたら彼女について、僕の知らな

い事は沢山あったし、聞きたい事も幾つもあった。今こうして一人彼女の面影を思い

浮かべると、突然目頭が熱くなるのを覚えた。それでも僕が彼女を愛している事に変わ

りは無いし、彼女も心の奥深い所で僕を愛してくれたのだろうと信じる。

 行き場の無い苛立ちは消え、僕はまた書きかけの小説の続きに戻った。そして欄外に

一言書き込んだ。

「佐藤 和子に幸多かれと祈る。」(終)1978年

 

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 私は大学生の頃、福永武彦の著作が好きで、何とか自分でもその様な文章を執筆出来

ないかと、次々と雑文を書きなぐっていたが、如何せんレベルの次元が違い過ぎ、読み

返しては自己嫌悪に陥っていた。この駄文もその一つ。2017年10月