緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)17

11.中国1996年(南京、武漢、上海)1.

 宮本輝著「血脈の火」には、戦後間もない大阪中之島の情景=焼玉エンジンのポン

ポン船が、石炭や生活物資を積んで川を行き来する様=が描写されている。そのイメー

ジを容易に思い浮かべることが出来るようになったのは、蘇州の運河を航行する艀の

船団を目の当たりした後である。曳船の舳先には長い竹竿を操る女性が立ち、幾重にも

輻輳する船舶や、迫る河岸を巧みに回避してゆく。「蘇州夜曲」の曲調そのままの長閑

で美しい風景の中、運河の交通だけは時の流れを通常の速度で刻んでいるかのようだ。

 この度は、昨年の韓国に続き研修の一員として、南京、上海から武漢まで長江流域

を訪問する好機に恵まれた。以下はそのとりとめの無い雑感であるが、こうして文章を

書き始めようとする時、外国、特に距離的に近く、歴史的にも日本と関係の深い国に

ついて実際には何も知らない事に、改めて気付かされる。これは唯、私個人の国際感覚

に対する意識の低さに起因する事は言うまでもない。

 「世界のどこと比べても、より多くの人間ドラマがあり、検証出来る事実はより少な

い」と言われる国、中国はやはりよく分からない。

 

 7年前、天安門事件。あの時、全世界で多くの人々が、中国は思わぬ方向に進んで

しまったと考えたはずだ。「中国人は中国人を撃たない」に反し、北京市民と言葉が

通じない地方の軍隊投入後の状況を伝えるテレビ映像を見た時、私自身も大きな衝撃を

受けた事を覚えている。

 一方、市場経済導入後の「二十一世紀は中国の時代」に代表される中国フィーバーは

既に設立された合弁会社の多くが、税制の変更、突然の労働者の賃上げ要求といった

問題を抱えている現実がありながら、日本をはじめ世界の企業が経済進出という形で

続行中である。片方で力による独裁支配、もう一方は改革・開放政策。ここに矛盾は

無いのだろうか。<続>