緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)16

10.韓国1995年(釜山、慶州、ソウル)4.

5. ヒロインはショートの茶髪

 その国の文化を知るひとつの方法は、地元のテレビ番組を見ることである。という訳

で、夕食後はホテルの部屋で一人テレビを見て過ごした。5局程の国内放送の他、CN

NとNHK衛星2局が映る。同じ様な顔形をしているのに、言葉も文字も全く理解出来

ない。やはりこれはかなりショックを受ける。それでもめげずにチャンネルを回し続け

た。

 日本で言うワイドショー的なものあり、夕方は子供向けアニメ、コンピュータゲーム

とクイズを組み合わせた番組、そしてドラマ。赤縁のメガネをかけたイヤミそうな姑と

「冬彦さん」風気弱そうな青年。茶色に染めたショートカットの若い女性。直観的に

これは韓国のミポリンだなと決め付ける。フーミン似の間抜け顔のネエチャン等も出て

きて、ボディコン・スーツを纏い颯爽とオフィス街を歩いて行く。「・・・ふむふむ、

これは所謂トレンディードラマだな。」と勝手に納得しながら、更にチャンネルを回す

と、ニュース番組をやっている。男女一名ずつ司会者がいて、時折レポーターも登場

する、そう言えばニュースキャスター達も含め、女性は結構茶髪が多い。言葉は理解

出来ないが、どれも日本のテレビで見慣れた光景である。

 韓国では日本の大衆文化(映画、歌謡曲、漫画、週刊誌等)の流入を規制していると

いうが、通勤途上に購読するスポーツ紙、ストレス解消のカラオケやゴルフ、アニメの

キャラクターに至るまで、日本のそれを原型ないしは媒介型にするものも多い。中には

著者名を隠し、いかにも韓国製であるかのような体裁の劇画が販売されているというと

の事。それでいて韓国は一般的に、かって日本に文化を伝授してきたという優位性を

誇りにし、日本は単に外国文化をごちゃ混ぜにコピーした文化であるから尊敬出来ない

という立場に立っているのだそうだ。

 テレビのコマーシャルも賑やかである。やはりご当地もマルチメディアブームなのか

、最近日本でも見るサムソンのパソコンのCMが目を引く。意味不明のハングル文字の

後に95とある。この一文字は絶対「窓」という言葉だと、またしても決め付けてし

まった。

 

6. 違和感の行方

 自然環境、歴史、文化が異なる外国に対し、我々は多くの部分で違和感を覚える。

肌の色、言語、思想、作法等々。今回初めて韓国へ行き、確かに日本と異質なものを

感じ、戸惑う部分も多くあった。不適切な例えかも知れないが、これがアフリカ辺り

のあまり馴染みの無い国であれば、その違和感を当然のこととして受け止めるはずで

ある。そういった意味では、韓国とは関係が深く、顔形が似通っているが為、つい

日本人と同じような民族だろうと考えてしまう。また更には、同じでなければならない

と思い込む。しかし現実は多くの類似性と異質性を持った民族なのであり、その違い

だけをとらえてそれが韓国であると表象し、ましてや劣っているとかけしからんと

言うのは間違った態度であると考える。何故ならば日本は世界の模範国家でもなく、

韓国が日本的に変わらなければならない理由など何処にも無いからだ。

 結局「正しい歴史認識」についての知識は相変わらず何もない。ただ今回韓国へ

行くにあたり、韓国に関する書物を数冊目を通しただけではあるが、例えば日本人に

とっては「前の世代の不幸な過去」であっても、先祖からの脈々とした血族意識を

尊ぶ韓国人には「子孫が負うべき先祖の罪からの逃避」としか写らないであろうこと

が、おぼろげながら認識できるような気がする。要は相手を知る事から始めなければ

ならないということだろうか。その意味でも、やはり「百聞は一見に如かず」である。

<終>1995年

 

      *      *      *      *      *

 

 一応オフィシャルな個人感想文であった為、随分ソフトな内容になっている。現在

の私は韓国に対し、もっと過激な考えを持っているが、亡父の影響だろうか?

 尚、手元に無かったこの原稿が印刷された冊子を送付して下さった事務局のT女史

に深謝申し上げる。2017年6月