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緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)13

10.韓国1995年(釜山、慶州、ソウル)1.

 確かに「百聞は一見に如かず」の言葉の通り、現地に赴き、その国の空気を体感

することは、何にもまして得難い経験である。以下はある研修に参加し、初めて

韓国へ行った取り留めのない雑感である。

 

1. 韓国のイメージ

 多分生まれ育った時代、環境のせいだろうと思うが、私の父親はある種の、そして

その年代の日本人にはありがちな人種差別主義者である。かって私は成長過程の必然

として反抗期に突入し、その結果、朝鮮半島に住む人々に個人的には何の義理も恩義

も無いはずなのだが、彼が否定(理論だてて説明するのでは無く、単に見下した言い方

をするだけだ)するものを、逆に擁護し肯定しなければいけない立場になってしまう。

 ところで話は若干逸れるが、朝鮮半島という言い方はどうも正式ではないらしい。

あの半島は王朝名が変わるとともに地域名も変わり、現在はというと、大韓民国と朝鮮

民主主義人民共和国に分かれているが、この両者を総称する地域名は無いそうなのだ。

そして「韓」と「朝鮮」はいずれも半島全体を指す名前であり、両者はそれぞれそこに

於ける唯一の正統性を主張している。従って韓国ではここを韓半島と呼び、片割れの国

北韓という。これに対し北側の国では、それが朝鮮半島南朝鮮となる。この問題は

両国が統合される日まで解決しないもののようである。

 さて、反抗期の私としては、唯その蔑視や偏見をいわれのないものとして否定したに

過ぎず、私の父親世代に言わせれば、逆に充分いわれのあることとの認識であったかも

知れない。

 私が辛うじてリアルタイムで記憶する韓国という国の認識は、李承晩ライン(韓国

では平和線)により、日本の漁船が頻繁に拿捕されたというテレビのニュースに始まっ

た。学校教育では、秀吉の朝鮮出兵西郷隆盛の征韓論あたりで時間切れとなり、日韓

併合や太平洋戦争前後は素通りして終わってしまった。その後の金大中事件、朴大統領

暗殺事件、ソビエト空軍の大韓航空機撃墜事件、韓国陰謀説があった金賢姫事件、ソウ

ルオリンピックボクシング会場の乱動事件等々、結果的に悪い印象を伴った「不可解な

イメージ」が残っていることは事実である。これは日本にいて一方的に与えられた情報

によってのみ形成されたものに間違いはないが、今にして思えば、その情報が偏向して

いたと言うより、情報が提供されている時に、我が家には変なニュース・キャスターが

がいたせいもあるなと考えたりもしている。

 昨今、我国では、度々問題発言が取り沙汰され、諸外国からは「正しい歴史認識」を

求められている。太平洋戦争前後に、日本人がした事、朝鮮人がした事の殆どを私は

知らないし、多くの日本人がそうであろうと思う。「不幸な過去」という意味不明の

言葉と、韓国では日本は好かれていないという漠然とした認識だけを持って、韓国研修

が始まった。<続>