緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 後書き
1975年夏、私はこの物語を書いた。きっかけは一浪中のメガネユキコ女史からフェア
ウェル・コンサートのテープの追加注文の連絡を受け、理由を訊けば、当時同級生だっ
た女子が入院治療中なので見舞いに持って行きたいと言う。私はかろうじて大学生に
なっており、しかも夏休み中バイトもせず家でブラブラしていたので、二つ返事で了解
した。そしてテープをダビングしている時、ふと、これだけでは芸がないなと考え、
コンサートの裏話を書いてみようと決めた。高校の頃の日記、機関誌ダンディー、後は
自分の記憶を辿って、およそ一週間ででっち上げ、ノートに直筆だった為、わざわざ
大学の図書館に行きコピーを取った。現在のようにコンビニも無い時代である。
無いと言えばPC、携帯電話といった今ではあって当然の物も存在すらしていなかった
為、コミュニケーションは直接会うか、家の固定電話か手紙に限られていた。
ともあれ、時代は流れこうして衆人の目に駄文を晒すことに抵抗を感じなくなる歳
になり、感慨深いものがある。本当は写真等もULしたかったが、被写体となった人物
の了承を取ろうにも、連絡先が判らず断念した。ただ文中に多く登場する敵役的存在
のアグリー氏には電話で「貴方の事をボロクソに書いているよ。」と言うと、笑って
承諾してくれた。尚、この物語は限りなく現実に近いフィクションであることを申し
添える。
このブログの合計アクセス数は今日現在1,258である。最初は100くらいかなと想像
していたので、これは嬉しい誤算であった。
最後になるが、ブログ立ち上げについて種々アドヴァイスをしてくれたoogatasen
さん、また☆をつけてくれた方々、アクセスしてくれた全ての人達、そして無料で私
にスペースを提供してくれたhatenablogさんに深謝申し上げる。
2017年1月15日
緒永廣康(クマ)