緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 18

10.『すべてとお別れだ』クマは心の中で呟いた(2)

 いよいよ明日が本番という日、巷ではルバング島から帰還した小野田少尉の話で持ち切りの時、「深沢うた

たね団」は、軽い打ち合わせのつもりで全員がNAPスタジオに集まった。幻のリードギタリストのアガタは

グレコのストラトキャスターをセンヌキに貸し、本人は不参加。

センヌキは暫くそれをいじくっていたが、突然フィンガー5の「恋のダイヤル6700」をやり始めた。「おい、

これ明日やろうぜ。」クマが冗談半分に言ったところ、本当にやることになってしまった。原曲は電話の

ベル音の後、タエコという女の子の「ハロー・ダーリン」という言葉で始まるが、クマは鈴を鳴らし裏声で、

「ハロー・ノータリン」というアイデアを出し、バカウケを取った。悪乗りしたダンディーはテレビで見た

振付までやることになったのである。

『明日はきっと受けるぞ』雑談する声も弾む。「・・・6700」の興奮が醒めきらないまま、各人ギターの弦

の張り替えを行い、楽器や機材を1階のセンヌキの部屋に下ろした。ギターやベース7本を始め、アンプ類

4、スピーカー3と、とても一度に運べそうになかったので、翌日二度に分けて持って行くことにした。

そしてそれぞれ明日への期待を胸に秘めて、「うたたね団」は帰っていったが、センヌキはその日の内に、

スピーカーケーブルやジャックの結線をハンダ付けで行わなければならなかった。

 

 ついに1974年3月25日が訪れた。早朝センヌキの家にクマとダンディーがやって来た。何事にもいい

加減なアグリーは、いつものように遅れて到着。クマ、アグリー、ダンディーは両手に生ギターとエレキを、

センヌキはダンボールの箱に入れたベースとマイクやコード類が入った鞄を持った。センヌキはベースが持ち

辛い為、しばしば休憩を要求したが、「ケチッてケースを買わんからよ。」とクマに即され、渋々立ち上がっ

た。途中、他に部員のいない陸上部を文字通り一人で支えている小島氏にあったが、彼はなにやら逃げるよう

に立ち去った。それ程四人の目はらんらんと輝いていたのだ! しかし校門を潜ると周囲の冷たい視線を感

じ、そそくさと教室に逃げ込んだが、そこでもクラスのアイビー悪ガキ連中のバカにしたような顔を見ること

になったのである。

 やがて終業式前に恒例の大掃除が始まったが、「うたたね団」は全員エスケイプし、用務員のおじさんに

学校のリアカーを借りて、アンプ類を取りに再びセンヌキの家へ向かった。相当な重さとなったリアカーを、

坂道で引き上げるのはかなり骨だった。にも関わらずアグリーは全然力を入れていないように見えた。

ようやく学校に戻った時には、既に終業式は始まっており、連絡事項として、倫社の教員が午後は次年度の

新入生が来る為、全員速やかに下校することと言い渡したのだ。

それを聞いたクマとセンヌキはいきり立った。『一体何の為に今までがあったのだ!』二人は唯オロオロする

ばかりのアグリーを置いて、まるで殴り込みにでも来たように職員室のドアを荒々しく開けると、担任のカギ

付きサナダ虫にかみついた。「僕に言われてもネェー。」虫はニヤっと笑って言った。

「だけど、この日にやるって事は前から決めていたのだし、今更止めろと言われても困るんですよ!」クマは

部屋中に響き渡るような声で言い切った。

「それじゃ日直の先生に話してみよう。」担任が折れ、彼のお陰で3年4組の部屋が借りられることになっ

のである。

 その日はまた、クマ達三年生での新クラスの発表もあった。クマもアグリーもナッパとは一緒になれず、

クマは1組、アグリーは2組、ナッパは8組となっていた。クマは内向的な自分の性格を知っているだけに、

クラスが変われば、まして教室の階数も違う状況になれば、話をする事さえ出来なくなると思った。

 結局この約2年間、クマは自分勝手に恋をし、自分勝手に失恋しただけだった。その対象となったナッパに

対し、幼すぎる接近を図ったものの、何ひとつ自分の意志を明確に表示することはなかった。彼は唯、彼女

から自分の方に歩み寄って来るのを夢見て待っていたのだ。それは確かに内向的な性格も影響したかも知れ

ないが、しかし彼は彼女に受け入れられなかった時の事を恐れるあまり、自ら「愛」を裏切り、背を向け、

逃げ出したのだ。

彼は、時が早く流れればいいと思った。今いるこの場所から、自分を取り巻く周囲のすべてのものから、1日

も早く解放されたいと思った。一年後、大学のキャンパスという来たるべき新しい環境の中で、ひ弱で臆病な

心も新しく生まれ変われると信じたかった。そうすることで一度相手に後ろを見せた犬が、いつまでも負け犬

であり続ける事を、彼は無理に忘れようとしていた。

 そしてアグリーやセンヌキ達も、この「フェアウェル・コンサート」の終了が、楽しい高校生活の終焉

だと、勘違いしている振りをしていた。この4月からの一年間は大学受験の為のものであって、ギターを弾い

たり、女の子と付き合ったりする年ではない、という極端な結論を出しておかなければならなかったのだ。

何故、彼等にはもっと心のゆとりが無かったのだろうか? 

 月の光に手をかざして暖かみを求めているようなナッパへの想いを断ち切る為、クマは意を決したように

心の中でで呟いた。『今日ですべてとお別れだ』<続>