緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 9

4.「許せない!」クマはジェラシーの炎に身を焦がした(1)

 フェアウェル・コンサート出演依頼に対するナッパからの返事は直接届けられず、教室の壁にアガタが何処

からかくすねてきて取り付けた "DANDY" の投書箱に入れられていた。それを最初に取り出したのは、何故か

まだ正式に編集部員ではなかったアグリーであったが、その時彼は返事が入った封筒と共にもう一つ、折り

たたんだ紙片を見つけた。それは前週から "DANDY" で始めた『夢診断』に寄せられた「夢」であった。

 『夢診断』とは言うまでもなくG.フロイトの著名書だが、編集部はクラスメイトから自分が見た「夢」を

募集し、勝手な分析を加え紙面に発表する、という触れ込みの企画であった、しかしもっともその頃、編集部

フロイトを読破した者はおらず、かろうじてクマが、E. フロムの『夢の精神分析ー忘れられた言語ー』を

読んだ程度だった。彼は「フロイト流はどうしても性的な部分に触れざる得なくなるから。」と知ったかぶ

を言った。

 アグリーはその紙片に素早く目を通し、直観でナッパのものだと思った。

              夢の中で 私は泣いていました

    夢の中に 誰か立っていました

    私は見上げて聞きました

    どうしてあなたは人を愛さないの

    その人は答えました

    君だって人を愛すのが恐いんじゃないか

    涙で霧がよけい濃くなりました

    悲しい夢でした

                  匿名希望

 いかにも少女趣味でちょっと気持が悪くなりそうな内容の紙片を、アグリーは汚いGパンのポケットにねじ

込み、取敢えず出演依頼の返事だけをダンディーやクマの所に持って行くことにした。然したる理由は無い。

唯、クマに直ぐ見せたくなかったのだ。一方、クマはクマでナッパがアグリーの所に直接返事を持って来たの

と思い、不快な気分になったが、しつこく問いただした結果そうではないと知って、ひとまず安心したの

だった。

 返事は見るからに少女趣味な便箋に、「風邪気味が続いている為、出演出来るかどうか判りません」と書い

てあり、本名の下にジョージ・マチバリと署名されていた。「どういう意味だい?」と尋ねたセンヌキに

ジョージ・ハリソンが好きなんだよ。」とクマは何の確証も無いことを言った。編集部で一応回し読みが済

むと「かわいい便箋で良かったね」とダンディーがクマにそれを渡してくれた。

 そしてその日の放課後 "DANDY" のガリ切りが始められると、アグリーは例の紙片を出してきて、そこに書

かれてある「夢」に対する診断を勝手に自分で書き始めた。診断はダンディーの担当と決まっていたが、人の

いい彼はアグリーのするままにさせている。クマはその紙片に興味津々なくせに、まるで平静を装い精一杯

クールな態度でそれを読んだ。『確かに見覚えのあるある筆跡だ』先程の便箋と見比べたが、しかしナッパの

ものであるという確信は無かった。『それにこの八行の夢は実際に見たというよりは、どちらかと言えば詩で

はないのか』彼は考えた。『もしこれを書いたのが本当にナッパならば、一体何が言いたいのだ。夢の中に

立っていた「その人」とは誰なのか。ナッパは「その人」のことを愛しているのか。そもそもこれを投書箱に

入れたという事は、誰かに読んで貰いたかったのか』そこまで考えてクマは急にバカバカしくなってきた。誰

これを書いたにせよ、単なる遊びで投稿したかも知れないのだ。それよりもアグリーの陰険なやり方の方が

問題である。だんだん腹が立ってきた彼は、その紙片に唯『匿名希望』とだけ書いてあるのを見て「自分の

名前も書かず匿名希望なんていうバカがいるかい。」とトゲトゲしく言った。するとアグリーは、まるで自分

に対する非難に答えるかのように「いいだろう!」と強く言い放ったのだった。

 結局その投稿がナッパのものであるという確証は何も無かった。しかしこれまで "DANDY" の編集に殆ど

関係してこなかったアグリーが、今回ナッパからのものらしき投稿がきて、急に出しゃばってきた事に対し、

クマは不愉快この上なかった。<続>