緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 6
3. 「私は怒っています」ナッパは電話の向こうで泣いた (1)
センヌキは安美津子ことメガネユキコにフェアウェル・コンサート出演を依頼したが、あっさり断ら
れてしまった。彼女は学級委員でそこそこ成績も良く、ズケズケものも言ったが、傲慢なところは無
く、誰とでも気さくに話す、特に女の子達にとってある種『お姉さま』的存在だった。
専ら下校途中、数名で駒沢あたりの喫茶店に寄り、『あんみつ』を食べながら雑談しているという噂の
ある2年4組にあっては、珍しくいたってノーマルな女子であったのでクマは一応敬意を表して女史と
呼んでいた。
センヌキは1年生の時、同級生のペチャ松という一般的客観性に照らし合わせて見ればれば可愛い
容姿のバレーボール部所属で、マカロニ・ウエスタンのトップスター、ジュリアーノ・ジェンマの
大ファンの子に五回アタックして五回ともブロックされた経験があったが、2年生の夏になって、
今度は何を思ったかメガネユキコに惚れてしまい、夏休み、健全な事に白昼、自分の思いを告白すべく
駒沢公園まで呼び出したのだが、不運なことに偶然チャリンコで遊びに来たクマ達とバッタリ会って
しまった。
「何やってるの。」とのクマの問いに、「いや、ちょっと。」と少し顔をしかめながら答えに窮して
いるところにメガネユキコが現れ、男女の機微に疎いクマが結果的に邪魔する形となり、皆で秋の
文化祭の話などしてセンヌキは何も言い出せずそのまま散会となった。
その日夕方、何の為にに呼び出されたのか不信に思ったメガネユキコから電話を貰ったセンヌキは、
すっかり挫けていて適当な言葉でごまかしてしまった。コンサートを利用して巻き返しを計った彼の
公算は、こうして崩れていった。
そして「それならそうと言ってくれれば良かったのに。」と後からその訳を聞いて、人の不幸を笑顔
で同情していたクマも "DANDY6号 " の『S教員との対話』という記事がもとで、笑ってばかりはいられ
なくなるのだった。 <続>