緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 3
1.「コンサートやらないか」アグリーが言い出した (3)
アグリーのソロアルバム制作は、手持ちの作品がまだ残っていたが、開始時に時間を浪費し過ぎた為、結局
4曲録音して取敢えず終了した。 残りは後にアグリーとセンヌキ二人がベーストラックを作り、アグリーが
そのテープとデッキを持ってクマの家を訪ね、リードギター、ボーカル等をダビングする形が採られること
になる。
何れにせよ、これまで学校でたまにしか一緒にギターを弾くことがなかった三人は、初めてそこで正式に
バンドを組む事にしたのである。バンド名はI,S & N。変に凝った名前より、自分達の名字の頭文字を
並べただけの方が渋い。との理由であるが、どう考えても当時クマ達が心酔するアメリカのロックバンド
C, S, N & Y (クロスビー、スティルス、ナッシュ & ヤング)の模倣としか思えない名である。
ところでこの若き芸術家の卵達にとって、ひとつの切実な問題があった。 そもそもアグリーとクマの
芸術とは、自作自演の歌で女の子の気を引こうという、その年代にはありがちの愚かな動機から始まった
部分が大半で、しかもお互いにっくき恋敵同士。即ち片思い三角関係であったのだ。
話の始まりはこうである。クマは1年生の6月頃からナッパという髪が長く鼻のトンガッタ、そして声が
頭上30cmから出ているアグネス・チャンの歌声のように話す女の子に密に心を寄せていたが、それが2年生
の春になって悪ガキ連中バレバレになってしまった。 因みに2年に進級するにあたり、学校側のアンケート
調査の結果、クラス替えは行われなかった。 アグリーは最初クマとナッパの仲をプロデュースしてやると
胸を叩いてみせたのが、そのうち自分もその気になってしまったのである。
しかし二人共比較的内向的な性格が邪魔をして、ナッパに対し何も言い出せずにいた。もっとも彼等の
クラス2年4組は、担任カギ付サナダ虫の暗い性格の影響を受けたのか、何故か男女間でフランクな会話を
する雰囲気が乏しく、それぞれ数名で寄合、誰かが異性と親しく話したり、また気を引くような態度を見
せると、いきなり冷たい視線が走るといった状況だった。クマが音楽室で授業前サイモン & ガーファンクル
の "明日に架ける橋" のイントロをピアノで弾いた時もそうだった。それでいて皆が硬派だった訳でもなく、
夏休みには二泊三日の合宿をしたりする変なクラスであった。
その中でナッパはクラス最大勢力=と言っても別にスケ番グループなどではない=内気お嬢ちゃんタイプ
集団 「二年四組インケン・グループ」に属しており、彼女とお近づきになり森田健作主演の青春ドラマの
ように臭く明るく楽しい生活を送る為には、先ず彼女をそのグループから引き離す必要があると、軟弱お坊
ちゃんタイプの集団「深沢うたたね団」所属のクマ達は、真面目な顔をしてそんな事ばかり話し合っていた。
そこでクマは秋の文化祭の責任者を決める投票で自分が選ばれるや、女子の方でナッパがメガネユキコの
次点である事を調べた上で、「責任者は男女二名ずつがいい。」などと言って無理やり彼女を引き込むとか
結構陰湿な事をやっていた。
そういった訳で、コンサートを開くにしてもナッパがいないコンサートなど、クマやアグリーにとって
何の意味もない事であり、その為にはどうするか。誰か女子を出演させてナッパも付き合いで見に来させる
のである。ちょうど3学期に入ってからムーという一風変わった女の子が、放課後ナッパを含むインケン・
グループ等を引き連れてギターを弾き、体育館の下でしきりに歌っているので、あれを出してやろうと話は
決まった。
しかしその時はまだナッパ本人が出演することになるとは、思いもよらなかったのである。 <続>