緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 15

8.「♩ ・・・♩・・・」ニッカは必死にリズムを刻んだ

 ナッパは正門側の自転車置き場の所で待っていた。『いやあ、お待たせしてゴメン。さあ行きましょうか』

と言おうとしたクマは、彼女の隣にニッカが立っているのを見て、思わず言葉に詰まってしまった。

「ニッカが付き添いで来てくれるって。」ナッパは嬉しそうに言った。

アガタはクマの不運を笑いながら行ってしまい、てっきり彼女が一人で来るものと勝手に信じ込んでいたクマ

は、仕方なしに二人を促して歩き出した。『何か話さねば』焦るクマの前には、お馴染みインケンの見えない

壁が立ちはだかり、彼を拒んでいるかのように二人でケラケラ談笑している。 『これじゃ唯の道案内だ』クマ

意地になって速く歩き、前を行くクマと二人との距離は3m、5m、最大10mまで開いて、彼のセーター

の中は汗だくになった。こんな筈ではなかった20分の道程が彼には途轍もなく長く感じられた。

 ようやくセンヌキの家に着くと、待ち構えていたようにアグリーが階段を飛び降りて来て、自分が風邪で

寝込んでいた間のクラス合宿の準備の進捗状況を、さも心配そうに尋ねている。『いい子ぶるのはよせ!』

すっかりいじけたクマは、迎えに行った事を後悔するのだった。

 早速、練習が始められたが、クマの予想通りアグリーは強引に出しゃばってきて、ギターを弾くことに

なった。ところが信じられないことに、ナッパは先天的ともいうべきリズム音痴で、音程は合っているの

だが、全く伴奏に乗れない。イントロが終わって歌が出ない、メロからサビへ移る時、走る、間奏を飛ばす。

誰かがガイドで一緒に歌うとなんとか追いついて来るのだが、本番は一人で歌わなければならないのだ。

『これは重症だ』相手がナッパでなければ、気の短いクマはとっくに怒鳴り散らしているはずだったが、

あくまで微笑みを絶やさず、しかし少し顔を引きつらせながら、何度も同じフレーズを繰り返す。歌い手の

リズムの変化に臨機応変に対応するNHKのど自慢のバンドリーダーの苦労がわかるような気がした。しかも

「うたたね団」自体にその技量も無かった。それを見てニッカは手やら足を使って、必死にリズムを教えよう

とするのであったが、すべては徒労だった。ニッカは、ボーイッシュな短髪の運動神経抜群の女子で、いつ

だったかクラス対抗のハンドボールの試合で、見事な倒れ込みシュートを放ち、クマはひどく感動した記憶が

あった。運動神経とリズム感に関連があるのかは不明だが・・・。

それはともかく、あのアグネスチャンの歌声をDOLBY NR ON で録音し、OFF で再生するような声で歌って

いるナッパも、次第にうつむきかげんになって来て、何やら気まずい雰囲気が漂ってきた時、センヌキの母親

が救いの差し入れを持ってきた。

「センヌキのところには、めったに女の子の来客が無いのに、今日は二人も来て母上が驚いていたじゃな

い。」何とか場を明るくしようとするクマの冗談に、声を出して笑ったのはアグリーだけだった。クマは

反響の少なさを意外に思いながら、残ったドクターペッパーの姉妹品ミスターピブを飲み干した。<続>

緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 14

7.「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ」アガタは迫力ある顔にものを言わせた(2)

 翌日、クマはアガタの家へ行き、アガタが知り合いから引っ掻き集めたギターアンプ類を、二人でセンヌキ

父親から分捕った感のある「上野毛NAPスタジオ」までバスで運んだ。途中、車内でタンバリンを3度

も落とし、その度に他の乗客から睨み付けられた。いつの日も凡人は芸術家に冷たい。センヌキの家に着く

と、もう既にナッパから電話が架かった後であった。

「あれ~学校に寄って来なかったの? ナッパさんにもうオタクが行っているって言っちゃったよ。」

「だってアンプガ重くて、学校なんか寄れないよ。」

「すぐ迎えに行って。」

センヌキとクマが玄関で話していると、2階から「俺が行こうか。」とイヤラシイ声がした。なんと何処で

嗅ぎつけたのか、アグリーが風邪をおして来ているのだ。

 彼女を迎えに行く、という事は『学校から上野毛までの約20分間、あのナッパちゃんと肩を並べ、楽しい

お喋りをしながら歩ける』ということだ。

そこでクマとアグリーどちらが行くか、またしても醜い男の争いが始まった。

「重たいアンプを運んで疲れてるんだらろう?」

「そうでもないけど。アータこそ未だ風邪が治ってないんじゃない? 無理しない方がいいよ。」

「いや、もう大丈夫だよ。それに今日はあったかいし。」

「でもセンヌキは、僕が迎えに行ったとナッパに言ったんだから、やっぱり僕が行かないとおかしいんじゃ

ない。」

「そんな事は関係ないよ。」

「だったらオタクが行ってくれば。」不愉快といった表情目一杯のクマ。『すべてをお膳立てしてトンビに

油げは無いだろう。』彼はアグリーの図々しい無神経さが信じられなかった。

「二人で行こうか?」品の無い眼差しのアグリーが、妙な妥協案を出してきた。

「なんで? 二人で行く必要なんかないじゃない!」

センヌキが唯唖然とする中、二人の戦いは果てしなく続きそうに思われた。その時ついに深沢全共闘の闘士、

アガタが迫力のある顔にものを言わせて断を下した。

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ。クマが行けばいいだろう。」

クマはその言葉に涙が出る程感謝しながら、うんうんと頷いてアグリーの方を見ると、彼は急に風邪が、ぶり

かえしたのか、立て続けに咳をしながらスゴスゴと二階へ上がってゆくところだった。

 新聞委員会に用事があるアガタと学校へ向かう道、クマの目に映る景色は、最早冬ざれた灰色の翳りは

なく、すべてが早春の陽光に眩しく輝く町並みであった。

「もしかしたら、『今』幸せなのかも知れない。」クマがそう呟くと、アガタはニヤッと笑って余計迫力ある

顔になった。<続>

緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 13

7.「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ」アガタは迫力ある顔にものを言わせた(1)

 クマ達はその日、機関誌 "DANDY" 最終号の編集の為、試験休み中ではあったが登校した。一番最初に教室

に入ったクマは、女子が数名いるのを見て一瞬驚いたが、すぐに『クラス合宿の打ち合わせだな』納得しな

がら、何か世間話でもしようか迷っているうちに、彼女達に背を向けて座っている自分に、相変わらずの不甲

斐なさを感じた。2-4インケングループは、彼の侵入を拒んでいるかのように、冷たい雰囲気を辺りに漂わ

せていたのだ。ところが、彼がおもむろにボールペン原紙を取り出そうとした時、ナッパを始めニッカ、ホナ

ミといった連中が突然、彼に詰め寄って来た。クマは差し迫った危機感に生唾を飲み込んだ。『何だ、何だ、

俺は別に何も悪い事はしていないもんね・・・』

 「あの~、歌の伴奏はどうなっているんですか?」例のアグネスチャンの歌声をトレブル目一杯上げたよう

な声だ。クマは適当な言葉が見つからず、目を少し大きく開けて『どういう意味?』といった表情を作った。

ナッパは優しい微笑みを浮かべて、「コンサートの時、伴奏を付けて下さるんですか?」と改まって言った。

「えっ? あれ~、そちらで用意されるんじゃないんですか? だったらこちらでやらして頂いてもかまいま

せんが。」クマは緊張すると妙な敬語で喋る癖がある。『それにしても、すべてこちらの思惑通り、なんと

我が計算の鋭さ!』彼は思わず笑えて来ちゃってしまいそうな顔を必死にこらえ「それじゃあ伴奏の練習し

ときます。」と上擦った声で了解した。

 インケンの一団が去って、アガタが例のボーカルアンプを抱えてやって来た。クマはすかさずこの吉報を

伝える。彼は返事の代わりに、手で顎を摩りながら得意のヨダレを啜る音で、それに答えたのだった。

 ”DANDY" の編集を終え、午後からセンヌキの家に集まったクマ達「深沢うたたね団」は、ナッパのバック

をつつがなく務める為、急遽歌謡バンドに変身。尚、アガタは何とか用事にかこつけ、またしても不参加。

日頃、歌謡曲や和製フォークソングを軽蔑しているクマは、何の抵抗もなくAm-Dm-F-G-Eといった類の単純

コード進行を受け入れ、まだ風邪でひっくり返っているアグリーの居ぬ間に、すべてのパートを決め、彼の

出る幕を無くしてしまった。『だけど奴め、きっと出しゃばってくるぞ』とひとり呟いたクマの脳裏に、突然

名案が閃いた。

「ところで諸君!」彼は自信溢れる声で静かに言った。「僕等はこうして練習し、ある程度纏まってきた。

しかし、より完璧を期す為、歌と合わせてみる必要があるのではないか? ついては明日、ナッパをここに

呼んで合同練習したいと思う。」

センヌキは『お前の魂胆は見えてるぞ』という顔つきで、しかし嬉しそうに「それはいい考えだ!」と叫び、

カメ達はヤレヤレといった感じで了承した。

 その日、家に帰ったクマは早速ナッパに電話を架け、帰宅途中バスの中で考え抜いた言葉を機関銃のように

まくし立て、合同練習の必要性を語った。

「だから、やっぱり、やっておく必要があると思うんですが・・・」

「はい、ちょっと腹ブーにも相談してみます。」ナッパは相変わらずアグネスチャンの歌声のピッチを上げた

ような声で答えた。クマにとっては無論、一部共演する腹山などどうでもいい存在だったが、しかしあから

さまにそう言う訳にもいかず、「腹山さんの都合が悪くても、一人でも来て下さいね。」と念をおして電話を

切った。

暫くしてナッパから返事があった。「腹山さんは来れないって・・・」 『だからどうしたってんだ! 俺は

腹山の都合なんか聞いちゃあいないんだよ!』と心の中で叫びながら、「それは残念ですね。」とクマは言

た。「それでナッパさんはどうするんですか?」、「はい、ええ~っと、一応お願いしようかなって思って

いるんですけれども。」

 結局、彼女は翌日、クラス合宿の打ち合わせで登校するので、それが終わったらセンヌキの家に電話を入

れ、誰かが迎えに行くと決まった。

思えば "DANDY" の記事で彼女に泣かれてから、1か月も経っていない。アガタの言った通り、事態は進展

したのだ。遅れ馳せながら訪れた所謂「青春」に、クマは大声を張り上げたくなるような歓喜を感じていた。

しかし、さすがに夕日に向かって走り出しはしなかった。        

緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 12

6.「月の法善寺横丁」???

 4月から高校3年に進級することを控え、卒業後の進路に合わせてクラスの振り分けをする参考の為、学校

側による「進学」「就職」、そして「進学組」は国公立大学、私立大四年制、短大のそれぞれ理系、文系別の

個人調査が行われた。出来れば早く数学と縁を切りたいと切望していたクマとアグリーは、迷わず、とはいえ

学費の出費の問題も関係するので、無論親と相談の上、私大文系を選択。当時の相場は、受験料1万円、学費

年間25~30万円位、その他入学金として数十万円だった。

 センヌキは突然「東大に入りたい。」と宣言、国立文系を選んだ。その理由はといえば、「とにかく東大に

入りさえすれば、将来一流企業の何処かには就職出来るはずだから、大学時代一番遊べるのは何と言っても、

やっぱり東大だ。」という彼らしく世の中を舐めた現実的なものだったが、いくら大学教授の息子とはいえ、

東大に合格すること自体に現実性がないことには、気付いていないようだった。

 女子の方では国立大学を目指すメガネユキコ以外、殆ど私立大学文系を選んだ。ナッパはどうも女子短大

志望らしかった。『・・・という事は3年でも、ナッパと同じクラスになる可能性があるな』クマとアグリー

は同じ事を考えたが、互いに口に出すことは無かった。その頃将来をきっちり見据えていたのはそれこそ進学

しない青山純くらいだけだったかも知れない。

 さてフェアウェル・コンサートの方だが、風邪気味が続いているという理由で出演を保留にしていたナッパ

は、ついに英断を下したのか出演が決定した。一応『原ブー』こと腹山という同クラスの女子と一部共演との

事であった。とにかくクマやアグリーにしてみれば、大ウエルカムだったが、日頃あまり目立ちたがり屋で

ない彼女を思うと、一同「へ~え!?」という印象の方が強かった。演目は、小坂明子『あなた』、チェリッ

シュ『若草の髪飾り』、お約束のアグネスチャン『草原の輝き』、そして何故か理解不能な藤島桓夫『月の

法善寺丁』。伴奏は例のムーがやるものと思われたが、クマはまさかの場合に備え、彼女が届け出た歌の

演奏を、「うたたね団」用にアレンジし、人知れず練習を開始した。そして自分のギターやベースに合わ

歌う彼女の姿を想像し、しばらくの間うっとりしていたのであった。

 いつになく難問が多かった魔の三学期末試験を何とか乗り越え、いざ I,S&Nも本格的に練習をという時、

アグリーが風邪をひき寝込んでしまった。その間にクマは、アガタと共にアガタの中学の同級生で、今は大工

をやっているというシュウという男に、コンサートで使うボーカルアンプを借りる為、彼の家を訪ねた。

シュウはバギーのGパンをはいて、ベッドの上に寝転がり煙草を吹かしていた。リーゼント頭の見るからに

ツッパリ男である。そういう人物、空間に場慣れしていないクマはすっかり縮み上がって帰ってきた。アンプ

は気前よく借してもらえたのだが、雨が降り出して来た為、数日内にアガタが学校まで運んでくれる事に

なった。

緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 11

5.「青純がいるのに」皆そう思った

 実質二ヵ月位しかない第三学期は、瞬く間に過ぎた。その間クマは、オリジナル全8曲からなるソロ・アル

バムのテープ第二弾を、極一部の学友諸君に対し緊急発表し、アグリーも新曲を2曲作った。アグリーは20

世紀最大のメロディーメーカーを目指すだけあって、結構キャッチーなメロディーラインを得意としていた。

それはクマも認めざるを得ないところで、二人の関係は音楽を通じて繋がっていた、と言っても過言ではな

かった。アグリーはクマの演奏技術に一目おいていた。かって高校1年当初クマが学校に愛用のギター(S.

ヤイリYD-304)を持って行き、休み時間、おもむろに取り出すと5~6名の男子が集まる中、P.サイモンの

「休戦記念日」というDチューニング(DADF#AD)を使った曲を弾くと、一人「サイモン買ったの?」と

聞く男があり、「うん」と答えた。それがクマとアグリーの最初の会話だった。

 アグリーの音楽ルーツはビートルズに始まり、ボブ・ディランサイモン&ガーファンクルサンタナ

カーペンターズ、ブレッド、シールズ&クロフツetc.と幅広く、レコードには惜しみなく小遣いをつぎ込んで

いた。一方クマも一応は何でも聴いていたが、サイモン&ガーファンクルにのめり込んだ後、C,S,N&Yにハマ

り、広く浅くよりは狭く深い、楽器、演奏、ハーモニーといった実技系に興味があった。二人に共通していた

のは、洋楽好きで当時流行っていた日本のフォークソングなどは、加藤和彦等一部を除いて殆ど聞かない、

いう点であったが、それに引き換えセンヌキ吉田拓郎が神様で、そこがクマやアグリーから「オマエは

ボブ・ディランを聴いた事が無いのか?」とバカにされる要因の一つでもあった。

 三学期になると「深沢うたたね団」自体、いつの間にかバンドとなっており、I,S&Nはアコースティック

主体、「うたたね団」はエレキを使ったロック色の強いもの、といった一応の色分けがなされていた。

機関誌 "DANDY" の音楽情報欄は次のように伝えている。

    1月15日付ローリング石ころ誌が伝えたところによると、

    ロックンロールを主体とした新グループが結成された。

    名前は「深沢うたたね団」

    メンバーはギター(クマ、アグリー、カメ)、ベース(センヌキ)

    パーカッション(トシキ)、リードギター(アガタ)、ボーカル(ダンディー

アガタはクリームやツェッペリンが好きと公言していたが、クマは一度「天国への階段」をコピーしてくれと

頼まれ、TAB譜の無い時代、生ギターの部分だけ耳コピで五線譜に書いて渡したことがあった。しかし誰も

アガタのギタープレイを聴いた者はおらず、誰も期待していない、かなり怪しいリード・ギタリストだった。

それはともかくメンバーを見て、誰もが思った『ドラムスは?』

 ロックバンドにとってドラムが無い、という事は致命的欠陥である。しかし、いないものはいないのだ。

いや、厳密に言えばそれは嘘になる。彼等のクラスには青山 純という男がいた。小柄でいつも濃紺系の地味

な服装が多かったが、眉毛がキリッとした所謂ハンサムボーイで、それでいて女の子が夢中になっていると

う噂はなかった。クマ達はそれ程親しくしておらず、ただ、ヤマハの音楽スクールに通っている程度の情報

しか持っていなかったが、何かの時、青純がクマに「クロスビーとかやってるの?」聞いた事があった。クマ

は『うん』と頷きながら「今、何か活動してるの?」と尋ねると「屋上ビアガーデンとかで頼まれて叩いて

いる位。」と自嘲気味に笑った。それでも高校2年生で既にセミプロであり、クマ達オチャラケ・バンドと

遊んでいる暇など無かったのだった。クマもさすがに「一緒にやろう」とは言い出せなかった。その後、彼が

日本のミュージックシーンで一流ドラマーの一人になるとは誰も想像だにしていなかった。<続>

緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 10

4.「許せない!」クマはジェラシーの炎に身を焦がした(2)

 アグリーによる投稿に対する『夢診断』は次のように書かれていた。

    天国の花園より夢見る少女へ・・・

    若い日々の一つの愛は、あなたを今まで行ったことの無い所へ連れていってくれる。

    愛を与える為愛に生き、愛に生きる為、あなたは愛の化身となる。

    夢は眠りの為にあり、愛は涙を流すことの為に・・・。

    そして愛とは愛されたいと願うこと。

    恐れと涙の伴わない愛は真の愛ではない。

                       with Love           DAY DREAMER

『何なのだ、これは!』クマは激しく怒った。『何が with Love だ! 何処が診断だ! これは公私混同だ! 

だいたいやり方がインケンじゃないか!』その上アグリーが、その投稿を自分の家に持って帰ってしまった

も気に入らなかった。クマは決して変態趣味ではないが、それがもしナッパの物であるとしら、彼はきっと

彼女がかんだ鼻紙でも、他人が自分の物にすることを許せなかったであろう。しかも今度の春休みに、再び

クラス合宿が行われることとなり、その責任者の中にナッパとアグリーも入っていて、放課後などに時折数名

で集まり、楽しそうに打ち合わせしているのだ。『許せない!』クマは燃え盛るジェラシーの炎に身を焦が

していた。

 そこで彼は「深沢うたたね団」のトシキを誘い、あるイタズラを実行することにした。その日クマは家に

帰ると、例の便箋に書かれてあるナッパの字を小一時間睨み続け、彼女の筆跡をほぼ完璧にマスターした。

そして『夢診断』に再び彼女が投稿したかのように見せる為、時間も空間も無視したあたかも本当の夢の

ような適当な文章を書いて、翌日こっそりと投書箱に入れておいた。

 はたして、それを最初に見つけたのは、またしてもアグリーだった。彼はクマとトシキが観察しているとも

知らず、ちらっとその紙片を見るや再びポケットにねじ込み、編集部に届けるどころか家に持って帰って

しまった。『ヤツめ、この間の紙と見比べて、筆跡を調べる気だな』クマとトシキは顔を見合わせてほくそ

笑んだ。

 ところが数日経ってもアグリーは一向にそれを持って来ようとしない。"DANDY" の編集の日まであまり

日数が無かった。『アグリーは前回に勝る、超弩級の診断を考えあぐねているのか?』それとなく探りに出た

トシキに何も知らないアグリーは「投稿があったけど、ナッパのものではないようだ。」と漏らした。最初

クマは自分が作文した「夢」をアグリーがナッパのものと勘違し、得意になっているのを見、種明しをして

皆で大いに笑ってやるつもりだった。しかしトシキから報告を聞かされて、再び腹を立ててしまった。

『アイツは何の権限をもって、ナッパ以外の投稿を勝手にボツにするのか!』しかしそれと同時に、あまり

にも子供じみたイタズラをしたという自責の念にもかられたのであった。

 そして木曜日の放課後、いつものように "DANDY" の編集が始められると、アグリーは多少悪びれた態度で

皺くちゃになったクマの書いた「夢」を持ってきた。アグリーが去った後、その紙片はクマの手の中で引き

裂かれていた。<続>

                

緒永廣康 「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 9

4.「許せない!」クマはジェラシーの炎に身を焦がした(1)

 フェアウェル・コンサート出演依頼に対するナッパからの返事は直接届けられず、教室の壁にアガタが何処

からかくすねてきて取り付けた "DANDY" の投書箱に入れられていた。それを最初に取り出したのは、何故か

まだ正式に編集部員ではなかったアグリーであったが、その時彼は返事が入った封筒と共にもう一つ、折り

たたんだ紙片を見つけた。それは前週から "DANDY" で始めた『夢診断』に寄せられた「夢」であった。

 『夢診断』とは言うまでもなくG.フロイトの著名書だが、編集部はクラスメイトから自分が見た「夢」を

募集し、勝手な分析を加え紙面に発表する、という触れ込みの企画であった、しかしもっともその頃、編集部

フロイトを読破した者はおらず、かろうじてクマが、E. フロムの『夢の精神分析ー忘れられた言語ー』を

読んだ程度だった。彼は「フロイト流はどうしても性的な部分に触れざる得なくなるから。」と知ったかぶ

を言った。

 アグリーはその紙片に素早く目を通し、直観でナッパのものだと思った。

              夢の中で 私は泣いていました

    夢の中に 誰か立っていました

    私は見上げて聞きました

    どうしてあなたは人を愛さないの

    その人は答えました

    君だって人を愛すのが恐いんじゃないか

    涙で霧がよけい濃くなりました

    悲しい夢でした

                  匿名希望

 いかにも少女趣味でちょっと気持が悪くなりそうな内容の紙片を、アグリーは汚いGパンのポケットにねじ

込み、取敢えず出演依頼の返事だけをダンディーやクマの所に持って行くことにした。然したる理由は無い。

唯、クマに直ぐ見せたくなかったのだ。一方、クマはクマでナッパがアグリーの所に直接返事を持って来たの

と思い、不快な気分になったが、しつこく問いただした結果そうではないと知って、ひとまず安心したの

だった。

 返事は見るからに少女趣味な便箋に、「風邪気味が続いている為、出演出来るかどうか判りません」と書い

てあり、本名の下にジョージ・マチバリと署名されていた。「どういう意味だい?」と尋ねたセンヌキに

ジョージ・ハリソンが好きなんだよ。」とクマは何の確証も無いことを言った。編集部で一応回し読みが済

むと「かわいい便箋で良かったね」とダンディーがクマにそれを渡してくれた。

 そしてその日の放課後 "DANDY" のガリ切りが始められると、アグリーは例の紙片を出してきて、そこに書

かれてある「夢」に対する診断を勝手に自分で書き始めた。診断はダンディーの担当と決まっていたが、人の

いい彼はアグリーのするままにさせている。クマはその紙片に興味津々なくせに、まるで平静を装い精一杯

クールな態度でそれを読んだ。『確かに見覚えのあるある筆跡だ』先程の便箋と見比べたが、しかしナッパの

ものであるという確信は無かった。『それにこの八行の夢は実際に見たというよりは、どちらかと言えば詩で

はないのか』彼は考えた。『もしこれを書いたのが本当にナッパならば、一体何が言いたいのだ。夢の中に

立っていた「その人」とは誰なのか。ナッパは「その人」のことを愛しているのか。そもそもこれを投書箱に

入れたという事は、誰かに読んで貰いたかったのか』そこまで考えてクマは急にバカバカしくなってきた。誰

これを書いたにせよ、単なる遊びで投稿したかも知れないのだ。それよりもアグリーの陰険なやり方の方が

問題である。だんだん腹が立ってきた彼は、その紙片に唯『匿名希望』とだけ書いてあるのを見て「自分の

名前も書かず匿名希望なんていうバカがいるかい。」とトゲトゲしく言った。するとアグリーは、まるで自分

に対する非難に答えるかのように「いいだろう!」と強く言い放ったのだった。

 結局その投稿がナッパのものであるという確証は何も無かった。しかしこれまで "DANDY" の編集に殆ど

関係してこなかったアグリーが、今回ナッパからのものらしき投稿がきて、急に出しゃばってきた事に対し、

クマは不愉快この上なかった。<続>