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緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)14

10.韓国1995年(釜山、慶州、ソウル)2.

2. Sleepless night on Camellia

 船での渡航という言葉には、何かしらロマンチックな響きがあるが、別にタキシード

持参、豪華客船の旅という訳でもなく、ましてや数時間の航海である。そして乗船した

途端、船内に漂うキムチの臭いが、我々がこれから何処に向かっているのか、否応なし

に認識させてくれる。

 夕刻出港後、ラウンジにて会食、幸い日本海はベタ凪のようで揺れも無く、各人自己

紹介、余興のカラオケ等、和やかな雰囲気のうちに、初日の夜は更けていった。

 さて四人部屋の一等客室に戻り、就寝しようとするが、空調は音の大きさの割には

一向に効かず、妙に暑い。またベッド幅は狭く、寝返りは左右半回転が限度。そして

二段ベッドの上段には落下防止のベルトが無く、たまにベッドから落ちる私としては

気が気でない。しかし安全ベルトが無いということは、これまで落下事故が無かった

という事であろうし、怪我をして本船や研修団に迷惑をかけ、挙句に笑い者になって

しまう訳にもいかず、これはもう眠らない事にするしかないとの結論に達した。

 しばらく雑誌などを眺めた後、取敢えず明かりを消して目を閉じていると、ロビー

からまるで喧嘩でもしているような声(韓国語なので話の内容は当然判らない)が聞

こえてくる。後で現地ガイド女史から聞いた話によると、韓国の人達は概して議論好き

であり熱し易く、その際、周囲をあまり気にしないとの事。これは日韓異質性論を展開

する学者が、先ず指摘する行動様式の差異のようだ。即ち、

(1) 公開の場で争う。

(2) 争いは原則として一対一で、集団化しない。

(3) 行動が派手である。

(4) 裁定者に当たる者がいない。

(5) 争いはその場で終わり、あとをひかない。

善し悪しは別にして以上の特徴があり、そこが日本とは違うという。呉善花という人の

著作には、これをワサビと唐辛子を引き合いにした面白い表現がある。曰く、「ワサビ

を食べたときの血液は、特に心臓のほうへの偏りを見せる。そのため、鎮静作用が働い

て、精神に落ち着きをもたらしてくれる。一方、唐辛子を食べたときの血液は、ワサビ

の場合とは違って、頭部のほうへ偏りをみせる。それが神経に刺激を与え、血液の循環

をよくすると同時に、精神的に興奮しやすい作用を生み出している。」という。まあ

香辛料のせいだけではないだろうが、深夜に船中であの騒ぎは、違和感と多少脅威すら

覚える。ひょっとしてトイレに行く時に見咎められ、反日感情の標的にされるかも知れ

ないなどと被害妄想に取り付かれ、生理現象をも抑制された眠れぬ夜は果てしも無く

長く続く・・・。

 と言いながら、そのうちウトウトとし始めた時、今度はアンカーを打つガラガラと

いう音で、レム睡眠状態から目覚めた。Good grief !

 朝食後、船はシフトを開始し、我々はデッキに立って港の説明を受ける。幾分風は

冷たいが、朝の陽光に輝く街並みと背後に迫る山々を一望にしながら、世界第五位の

コンテナ扱い量を誇る釜山へ入港して行くのは、なかなか気持ちがいいものだった。

<続>

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)13

10.韓国1995年(釜山、慶州、ソウル)1.

 確かに「百聞は一見に如かず」の言葉の通り、現地に赴き、その国の空気を体感

することは、何にもまして得難い経験である。以下はある研修に参加し、初めて

韓国へ行った取り留めのない雑感である。

 

1. 韓国のイメージ

 多分生まれ育った時代、環境のせいだろうと思うが、私の父親はある種の、そして

その年代の日本人にはありがちな人種差別主義者である。かって私は成長過程の必然

として反抗期に突入し、その結果、朝鮮半島に住む人々に個人的には何の義理も恩義

も無いはずなのだが、彼が否定(理論だてて説明するのでは無く、単に見下した言い方

をするだけだ)するものを、逆に擁護し肯定しなければいけない立場になってしまう。

 ところで話は若干逸れるが、朝鮮半島という言い方はどうも正式ではないらしい。

あの半島は王朝名が変わるとともに地域名も変わり、現在はというと、大韓民国と朝鮮

民主主義人民共和国に分かれているが、この両者を総称する地域名は無いそうなのだ。

そして「韓」と「朝鮮」はいずれも半島全体を指す名前であり、両者はそれぞれそこに

於ける唯一の正統性を主張している。従って韓国ではここを韓半島と呼び、片割れの国

北韓という。これに対し北側の国では、それが朝鮮半島南朝鮮となる。この問題は

両国が統合される日まで解決しないもののようである。

 さて、反抗期の私としては、唯その蔑視や偏見をいわれのないものとして否定したに

過ぎず、私の父親世代に言わせれば、逆に充分いわれのあることとの認識であったかも

知れない。

 私が辛うじてリアルタイムで記憶する韓国という国の認識は、李承晩ライン(韓国

では平和線)により、日本の漁船が頻繁に拿捕されたというテレビのニュースに始まっ

た。学校教育では、秀吉の朝鮮出兵西郷隆盛の征韓論あたりで時間切れとなり、日韓

併合や太平洋戦争前後は素通りして終わってしまった。その後の金大中事件、朴大統領

暗殺事件、ソビエト空軍の大韓航空機撃墜事件、韓国陰謀説があった金賢姫事件、ソウ

ルオリンピックボクシング会場の乱動事件等々、結果的に悪い印象を伴った「不可解な

イメージ」が残っていることは事実である。これは日本にいて一方的に与えられた情報

によってのみ形成されたものに間違いはないが、今にして思えば、その情報が偏向して

いたと言うより、情報が提供されている時に、我が家には変なニュース・キャスターが

がいたせいもあるなと考えたりもしている。

 昨今、我国では、度々問題発言が取り沙汰され、諸外国からは「正しい歴史認識」を

求められている。太平洋戦争前後に、日本人がした事、朝鮮人がした事の殆どを私は

知らないし、多くの日本人がそうであろうと思う。「不幸な過去」という意味不明の

言葉と、韓国では日本は好かれていないという漠然とした認識だけを持って、韓国研修

が始まった。<続>

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)12

9.『テグジュペリとリヴィエール』2.

 彼らの結びつきは彼らの職業の中にある。ここにリヴェールが唯、独りよがりで危険

を犯しているのではないことが言える。部下一人一人を知り、完全に彼らを使いこなす

支配人、「彼リヴェールを非難するであろう彼らの気の弱い者どもを出し抜いて、彼は

いま、夜のなかへ、この新しい搭乗員を放してやるのだ。」(110頁)「勝利だの・・

・敗北だのと・・・これらの言葉には意味がない。生命は、こうした表象を超越して

すでに早くも新しい表象を準備しつつあった・・・大切なのはただ一つ、進展しつつ

ある事態だけだ。」(111頁)そして、この物語は次の言葉で終わる。「偉大なる

リヴェール、自らの重い勝利を背負って立つ勝利者リヴェール。」(111頁)

 

 最初に書いたように、テグジュペリは飛行家であった。四歳にして父を失い、それ

以来母に対して異常な程の愛情を感じていたが、恋愛に関しても悩みを持っていた。

彼の処女作「南方郵便機」において、主人公ジャック・ベルニスに自分の姿を描いて

いるように思われる。ベルニスの子供時代との内的対話に、テグジュペリ自身の生い

立ちが投影されているからである。彼はこの「夜間飛行」で、リヴェールという超人的

な人物を通し、自分の中のベルニスを振り払おうとしているのではないか。

 リビア砂漠からの奇跡的生還。テスト飛行中、海面に墜落したことなど、彼は四度

死にかけている。彼はある意味では武人であり、英雄でもあるが、その上、ここに

リヴェールという人物を創作し、何を言おうとしているのだろう。ただ読者にリヴェー

ルの精神力を称賛させるためだけにあるのだろうか。危険を冒して飛び続ける飛行士

達の勇気、そしてそれを命ずる支配人には、より大きな勇気が必要だ。しかし作者は、

その勇気さえも立派な感情であることを否定する。リヴェールが単に勇気だけを持った

人間なら、我々は何の感銘も受けないかも知れない。テグジュペリは、飛行家として

この小説を書いている。それは彼自身が体で感じ、そしてその体が語る文学なのだ。

彼は決してリヴェールではないだろう。しかし、彼にはリヴェールのような強靭な

精神力が必要だったのだ。彼は言う「僕にあっては、飛行機は決して目的ではなくて

手段だ。自分を作り上げる手段だ。」テグジュペリは、その言葉の通りに生き、死んだ

ことを我々は知っている。<終>1973年

 

      *       *      *       *

 

 高校2年の現代国語のレポート。「星の王子さま」の評価があまりにも高いので、

敢えて別の小説を選んだが、行き詰ってしまい、引用の多用、巻末の解説のパクリ

でお茶を濁してしまった。それでも評価はそこそこだったけれど。やはり、丸谷才一

が言うように読書感想文は書評であり、子供には不向きなのだろう。2017年5月

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)11

9.『テグジュペリとリヴィエール』1.

 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリは、先ず職業飛行家であり、そして作家

である。その事実を抜きにして、彼の文学を考える事は出来ない。彼は自分の職業

を通して多くの事を語っているが、この彼にとって二作目にあたる「夜間飛行」

でも、同様の事が言える。

 当時、未だレーダーなど装備されていない時代である。夜間飛行は非常に危険

な行為であった。それを続ける航空便会社の支配人リヴェールは次のように語る。

「せっかく汽車や汽船に対して昼間勝ち優った速度を、夜間に失うということは、

実に航空会社にとっては死活の重大問題だ。」(新潮社版『夜間飛行』堀内大學

訳68頁)それに対し彼の部下達は、彼を非難しながらも飛び立って行く。彼等を

そうさせるものは一体何なのか。そしてリヴェールと彼等を繋ぐものは。

 

 リヴェールはあくまでも強い人間であった。厳格であり、部下の些細な過ちに

対しても懲罰を加える。彼は言う「僕は、自分が公平だか、不公平だかは知らない。

唯、僕が罰しさえすれば事故は減少する。責任の所在は、人間ではないのだ・・・

もし僕が公平だったりしたら、夜間飛行は、一度一度が、致命的な危険を伴うものに

なるはずだ。」(53頁)彼が罰するものは人ではなく、その過失だが、彼の部下達に

とっては、罰せられるられるのは自分達以外の何者でも無い。リヴェールはまたこうも

言う。「愛されようとするには、同情さえしたらいいのだ。ところが僕は決して同情は

しない・・・僕だとて勿論、自分の周囲を、友情と人間的な温情で満たしておきたい

のはやまやまだ・・・。」(66頁)「部下の者を愛したまえ、ただそれを知らさずに

愛したまえ。」(44頁)彼をここまで強く支えるものは何か。これについて、アンド

レ・ジイド はこう言っている。「愛よりも大きい力を持った隠れた義務の観念」が

リヴェールを支配していると。しかし彼は決して非人情なのではない。そこに彼の

「超人」が感じられる。彼は自分の精神を吹き込むべく、敢えて部下を攻め続ける。

だが、その英雄的行為の前に部下達は死んで行く。「人間の生命には価値はないかも

しれない。僕らは常に、何か人間の生命以上に価値のあるものが存在するかのように

行為しているが・・・。」(84頁)彼は常に自問自答を繰り返す。人が追い求める

幸福というものが、老と死によって破壊される前に「個人的な幸福よりは永続性のある

救われるべきものが人生にあるものかもしれない、人間のその部分を救おうとして、

リヴェールは働いている」(85頁)そして英雄になるのは自分ではなく、部下達である

ことを彼は知っている。行方不明の部下の妻との会話の中に彼は「家庭的な、説明しよ

うのない、非人道的な貧しいランプの光に照らして自分自身の真実を発見するのだっ

た。」(84頁)彼の優しさは鋭く研ぎ澄まされた完全な愛の中にある。そして「リ

ヴェールとその配下の操縦士たちは、心の奥で、人知れぬ友情に結ばれていた。結局、

彼らはすべて、同舟の輩(ともがら)であり、打ち勝とうとする同じ欲望に燃える人

たちだった・・・。」(67頁)<続>

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)10

8.めもらんだむ 3.

 彼女からの手紙を前にして、何故今頃になって彼女が手紙を書いた理由の様々な可能

性を、僕は考えた。結婚を控えたマレッジブルーから不治の病の発症まで、要因は幾ら

でもあった。唯、確かな事は彼女が今、僕を必要としている事だという気がした。僕が

彼女に連絡を取りさえすれば、すべては明白になる。しかし、僕の反応は自分でも信じ

られない程鈍かった。

 

 「私ね、本当は高校の間、ずっと男の子とこんな風に二人っきりで話すなんて絶対無

いと思っていたの。」あんみつを食べながら彼女はそう言った。「学校で男の子がたむ

ろしていると、何だか怖いの。一人一人はそうでもないかも知れないけど。だから、こ

んな事初めてだから、何だかあがちゃった。」

 店の窓からは西に傾き始めた太陽が、雲の切れ間を通して幾重にも長い光の帯を差掛

けているのが見えた。

「笑わない?」彼女は自分で笑い出しそうになりながら言った。

「うん。でも何が?」僕は何があっても笑わない準備をした。

「本当に笑わない?この間友達のニッカ(仁科)に話したら笑われたの。あのね、あん

な風に光の筋があると、そのうちの一本がすうっと伸びて来て、私を何処かへ連れて

行ってしまうっていつも考えるの。クマさん(僕は女子の間でそう呼ばれていた)は

そんな事考えた事ない?」

僕は笑わなかったし、別に笑う程の事ではないと思った。

「そんな事考えたこともないよ。」『これは現実逃避願望か他力本願的冒険心か?』

僕はそう考えたが、口には出さなかった。「まるでかぐや姫みたいだね。」それが僕の

回答だった。彼女は少し笑った。

「クマさんはいつも何を考えているの?」彼女は水を一口飲んで聞いた。

「僕はね、僕がこうすれば、こんなことを言えば他人は喜ぶだろうという事は判る。

だけど、それを敢えてしようとは思わない。」

「どうして?」

「無理にそうするのは誠実じゃないし、自分が疲れてしまうから。僕は多分優しい

人間じゃあないんだ。」

彼女はしばらく何もいわなかった。そして次に口を開いた時は、いつになく強い口調

だった。「でも私はそう思わないわ。やっぱり人の事を思いやる事は大切だと思う。

クマさんは強がっているだけよ。」今度は僕が黙る番だった。頭の中で、ポール・

サイモンの歌の一節が響いていた「But there's no tenderness beneath your honesty」

「寒くない?」彼女が両手で肘を覆うようしながら、そう言った。確かに店の冷房は

少し効きすぎだった。僕は同意し席を立った。

帰りのバスの中では、また文化祭の話で二人に笑顔が戻った。僕が先に降りるので、

別れ際、彼女は「今日はとっても楽しかった。ご馳走様でした。」と微笑んで見せた。

僕は『あれが思いやりなのかな』と思った。

 

 手紙を前に僕はまだ考えていた。彼女は雲の切れ間から差し込んだ光の筋に乗って、

何処か遠い所に行こうとしているか、行ってしまったのだ。そう考えた。

 

 そこで目が醒めた。頭の中には今まで見ていた夢が未だ鮮明に残っている。僕は慌

てて枕元のノートにこの長い夢を書いた。手紙も彼女の透けた下着もあんみつも会話も

すべて夢の中の事だった。

 数週間後のある日、僕は一通の手紙を受け取った・・・。<終>1977年

 

      *       *       *      *

 

 以前公開した「投影図」の原型。どこまでが夢で、どこが現実かよく判らないのは

作者の技量不足なのでご容赦願いたい。2017年4月

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)9

8.めもらんだむ 2.

 バスは各駅停車だった。だらだら坂を登って行き、もうじき駒沢という時、僕と彼女

は殆ど同時に、「あの・・・。」と言いい、僕は彼女にその先を譲った。彼女は少し恥

ずかし気に、しかしはっきりと「駒沢に美味しいあんみつ屋さんがあるの。もし良かっ

たら、これから一緒に行かない?」勿論僕に異存は無かった。運転手が次の停車駅が

駒沢であることを告げると、僕は降車のボタンを押して、彼女に微笑みかけた。彼女

は、はにかんだように笑顔を作った。まるでこれから銀行強盗に行くみたいに。

 店は246号線沿いの割と近代的なビルの二階にあり、僕等は窓際の席に案内され

た。「来年の今頃は受験で真っ青になっているかな?」「何処を受けるの?大丈夫よ」

店員が注文を取りに来て、彼女は迷わずあんみつ、僕は迷った挙句、コーヒーフロート

を頼んだ。「まだ決めてないけど、国立は無理だし。」「どうして?」「数学が全然

ダメだし、化学も物理も。僕は数字や記号が出て来ると、ぞっとしちゃう。」

「でも、英語は出来るでしょう、それに現国や古典も。」「出来るって程じゃあない

よ。」「そう?この間の英語のテストで100点じゃなかったって、悔しがっていた

って、由紀子さんが言っていたわ。」彼女の声は僕を慰めるように優しかった。しかし

僕は彼女が心配する程、受験をを気にしていない。ただ少し彼女に同情して貰おうと

気の弱い振りをしただけなのだ。そして今こうして二人だけの時間を過ごす事が、この

上もない幸せに思え、たとえ何浪しようとも、彼女さえいてくれれば、それだけでいい

と確信していた。

 「あっ、魚が跳ねた!」彼女は店の中央にある少し大き目の水槽の波紋指して、それ

がさも大事件のように叫んだ。『僕はいままで、どうでもいいつまらない事を騒ぎ立

てる者は嫌いだったし、白々しい事を言う奴も嫌だった。しかし彼女は違う。彼女が

殊更驚いた時や、判り切った事をくどくど説明する時も、僕は何故か素直にそれを受け

止める事が出来る。当然の事ながら、確かに彼女は他の誰とも違う。彼女は僕を優しい

人間にしてくれる。彼女の存在があるというだけで、僕は落ち着き、安らぐ。しかし

彼女はどうだろうか。彼女は多くの物を僕に与えてくれる。僕が彼女に与える物は

何も無い。何一つ・・・。僕はしかし、彼女に対し誠実であればいい。自分を偽らな

ければ、それでいい。』すべては所謂「恋」と「僕の思い違い」が成せる業だった。

<続>

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)8

8.めもらんだむ 1.

 その日、僕は一通の手紙を受け取った。差出人の署名は無かったが、その筆跡に僕は

誰からの物であるか了解した。-今更手紙なんてーしかし、僕は長い間それを、待って

いたような気がした。

 あれは何時の事だったろう。高校を卒業して駿河台にある私立大学に入学したばかり

の頃だったかも知れない。もう2年も前の事だ。僕は毎週のように彼女に手紙を書い

た。しかし返事は一通も返ってこなかった。

 1973年、夏休みも間近な7月の初めのとても暑い日だった。彼女は赤い水玉模様の

シャツにジーパンをはいていた。その時、僕は彼女の事が好きだと改めて感じていた。

5年の月日は決して短くない。僕は封を切って手紙を取り出した。

 

 「劇、大丈夫かしら。」彼女は額の汗を拭きながら言った。9月にある文化祭で、

僕等のクラスの出し物は演劇で、菊池寛の「父帰る」だった。1年生の時も演劇で

ディケンズの「クリスマス・キャロル」をやったが、手分けして作った脚本がメチャ

クチャで、劇自体纏まりを欠けるものだった事を踏まえ、2年になって最初から戯曲

を選んだのだった。ただ題名は「蕩父だって帰ってくる」という原題に変更した。

 僕は何故か文化祭と言えば演劇と決めていて、クラスの責任者になると多数の反対

を抑え込んで一部の賛同者と実行までこぎつけたのだった。

「多分上手くいくと思うよ。割と皆乗って来たから。」僕は答えた。

「そうね、今日の練習、前よりも一段と熱がこもっていたみたい。内田君の賢一郎、

少し怖かったんだもん。」彼女も文化祭の責任者だった。

 真夏の太陽は容赦なく照り付け、二人は学校からバス停へ続く、長い坂道を歩いて

行った。彼女は何度も汗を拭い、薄手のシャツから下着がくっきりに透けて見えた。

「演劇の事、随分詳しいのね。」

「そんなことないよ。僕の姉が高校の時、演劇部にいてね、それで少し教えて貰った

だけ。」ともすれば、彼女の胸に行きそうな視線を逸らし、僕は答えた。

「メイクアップも?」

「うん、そう。」

「去年のクリスマス・キャロルの時、由紀子さんにはしてあげたでしょう。」彼女は

いたずらっぽく、少し笑った。そして、

「私にはしてくれなかったのね。」と呟いた。彼女も出演者の一人だった。

僕には彼女の真意が図りしれなかった。この間一緒に帰った時は、バスの中で一言も

口を聞かなかったのに、今日は妙に思わせぶりな事を言う。

 バスが来た。定期券を運転手に見せ、前扉から乗る。席は空いてなかった。

「私ね、夢を見るのが好きなの。朝起きたらすぐ、その夜見た夢をノートに書いておく

のよ。」彼女は吊革につかまって、流れ去る車窓の外を見ながらそう言った。その大き

な瞳は美しく輝いていた。

「それでね、夢で見た事が、後になって実際に起きるの。」

僕は少し前に買ったG.フロイトの「夢判断」を読んでおけば良かったと思いつつ、彼女

に明解な解答を出せない自分を恨んだ。そして彼女の話題がいつも支離滅裂である事を

不思議に思った。確かに彼女は思いもよらない事を突然、口にする癖があるように思え

たが、それがわざとなのか、どちらかというと饒舌ではない僕への思いやりなのかは

不明だった。

 

 「お元気ですか。突然手紙なんて、きっとびっくりしたことでしょう。考えてみたら

あなたに手紙を書くのは初めてのような気がします。今日この手紙を書いたのは、今更

と思われるかもしれませんが、一度会ってお話がしたいのです。御都合の良い日をお知

らせ下さい。私は何時でも構いません。」

ただ、それだけである。しかし僕はそれで充分な気がした。<続>