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緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)10

8.めもらんだむ 3.

 彼女からの手紙を前にして、何故今頃になって彼女が手紙を書いた理由の様々な可能

性を、僕は考えた。結婚を控えたマレッジブルーから不治の病の発症まで、要因は幾ら

でもあった。唯、確かな事は彼女が今、僕を必要としている事だという気がした。僕が

彼女に連絡を取りさえすれば、すべては明白になる。しかし、僕の反応は自分でも信じ

られない程鈍かった。

 

 「私ね、本当は高校の間、ずっと男の子とこんな風に二人っきりで話すなんて絶対無

いと思っていたの。」あんみつを食べながら彼女はそう言った。「学校で男の子がたむ

ろしていると、何だか怖いの。一人一人はそうでもないかも知れないけど。だから、こ

んな事初めてだから、何だかあがちゃった。」

 店の窓からは西に傾き始めた太陽が、雲の切れ間を通して幾重にも長い光の帯を差掛

けているのが見えた。

「笑わない?」彼女は自分で笑い出しそうになりながら言った。

「うん。でも何が?」僕は何があっても笑わない準備をした。

「本当に笑わない?この間友達のニッカ(仁科)に話したら笑われたの。あのね、あん

な風に光の筋があると、そのうちの一本がすうっと伸びて来て、私を何処かへ連れて

行ってしまうっていつも考えるの。クマさん(僕は女子の間でそう呼ばれていた)は

そんな事考えた事ない?」

僕は笑わなかったし、別に笑う程の事ではないと思った。

「そんな事考えたこともないよ。」『これは現実逃避願望か他力本願的冒険心か?』

僕はそう考えたが、口には出さなかった。「まるでかぐや姫みたいだね。」それが僕の

回答だった。彼女は少し笑った。

「クマさんはいつも何を考えているの?」彼女は水を一口飲んで聞いた。

「僕はね、僕がこうすれば、こんなことを言えば他人は喜ぶだろうという事は判る。

だけど、それを敢えてしようとは思わない。」

「どうして?」

「無理にそうするのは誠実じゃないし、自分が疲れてしまうから。僕は多分優しい

人間じゃあないんだ。」

「彼女はしばらく何もいわなかった。」そして次に口を開いた時は、いつになく強い

口調だった。「でも私はそう思わないわ。やっぱり人の事を思いやる事は大切だと思

う。クマさんは強がっているだけよ。」今度は僕が黙る番だった。頭の中で、ポール・

サイモンの歌の一節が響いていた「But there's no tenderness beneath your honesty」

「寒くない?」彼女が両手で肘を覆うようしながら、そう言った。確かに店の冷房は

少し効きすぎだった。僕は同意し席を立った。

帰りのバスの中では、また文化祭の話で二人に笑顔が戻った。僕が先に降りるので、

別れ際、彼女は「今日はとっても楽しかった。ご馳走様でした。」と微笑んで見せた。

僕は『あれが思いやりなのかな』と思った。

 

 手紙を前に僕はまだ考えていた。彼女は雲の切れ間から差し込んだ光の筋に乗って、

何処か遠い所に行こうとしているか、行ってしまったのだ。そう考えた。

 

 そこで目が醒めた。頭の中には今まで見ていた夢が未だ鮮明に残っている。僕は慌

てて枕元のノートにこの長い夢を書いた。手紙も彼女の透けた下着もあんみつも会話も

すべて夢の中の事だった。

 数週間後のある日、僕は一通の手紙を受け取った・・・。<終>1977年

 

      *       *       *      *

 

 以前公開した「投影図」の原型。どこまでが夢で、どこが現実かよく判らないのは

作者の技量不足なのでご容赦願いたい。2017年4月

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)9

8.めもらんだむ 2.

 バスは各駅停車だった。だらだら坂を登って行き、もうじき駒沢という時、僕と彼女

は殆ど同時に、「あの・・・。」と言いい、僕は彼女にその先を譲った。彼女は少し恥

ずかし気に、しかしはっきりと「駒沢に美味しいあんみつ屋さんがあるの。もし良かっ

たら、これから一緒に行かない?」勿論僕に異存は無かった。運転手が次の停車駅が

駒沢であることを告げると、僕は降車のボタンを押して、彼女に微笑みかけた。彼女

は、はにかんだように笑顔を作った。まるでこれから銀行強盗に行くみたいに。

 店は246号線沿いの割と近代的なビルの二階にあり、僕等は窓際の席に案内され

た。「来年の今頃は受験で真っ青になっているかな?」「何処を受けるの?大丈夫よ」

店員が注文を取りに来て、彼女は迷わずあんみつ、僕は迷った挙句、コーヒーフロート

を頼んだ。「まだ決めてないけど、国立は無理だし。」「どうして?」「数学が全然

ダメだし、化学も物理も。僕は数字や記号が出て来ると、ぞっとしちゃう。」

「でも、英語は出来るでしょう、それに現国や古典も。」「出来るって程じゃあない

よ。」「そう?この間の英語のテストで100点じゃなかったって、悔しがっていた

って、由紀子さんが言っていたわ。」彼女の声は僕を慰めるように優しかった。しかし

僕は彼女が心配する程、受験をを気にしていない。ただ少し彼女に同情して貰おうと

気の弱い振りをしただけなのだ。そして今こうして二人だけの時間を過ごす事が、この

上もない幸せに思え、たとえ何浪しようとも、彼女さえいてくれれば、それだけでいい

と確信していた。

 「あっ、魚が跳ねた!」彼女は店の中央にある少し大き目の水槽の波紋指して、それ

がさも大事件のように叫んだ。『僕はいままで、どうでもいいつまらない事を騒ぎ立

てる者は嫌いだったし、白々しい事を言う奴も嫌だった。しかし彼女は違う。彼女が

殊更驚いた時や、判り切った事をくどくど説明する時も、僕は何故か素直にそれを受け

止める事が出来る。当然の事ながら、確かに彼女は他の誰とも違う。彼女は僕を優しい

人間にしてくれる。彼女の存在があるというだけで、僕は落ち着き、安らぐ。しかし

彼女はどうだろうか。彼女は多くの物を僕に与えてくれる。僕が彼女に与える物は

何も無い。何一つ・・・。僕はしかし、彼女に対し誠実であればいい。自分を偽らな

ければ、それでいい。』すべては所謂「恋」と「僕の思い違い」が成せる業だった。

<続>

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)8

8.めもらんだむ 1.

 その日、僕は一通の手紙を受け取った。差出人の署名は無かったが、その筆跡に僕は

誰からの物であるか了解した。-今更手紙なんてーしかし、僕は長い間それを、待って

いたような気がした。

 あれは何時の事だったろう。高校を卒業して駿河台にある私立大学に入学したばかり

の頃だったかも知れない。もう2年も前の事だ。僕は毎週のように彼女に手紙を書い

た。しかし返事は一通も返ってこなかった。

 1973年、夏休みも間近な7月の初めのとても暑い日だった。彼女は赤い水玉模様の

シャツにジーパンをはいていた。その時、僕は彼女の事が好きだと改めて感じていた。

5年の月日は決して短くない。僕は封を切って手紙を取り出した。

 

 「劇、大丈夫かしら。」彼女は額の汗を拭きながら言った。9月にある文化祭で、

僕等のクラスの出し物は演劇で、菊池寛の「父帰る」だった。1年生の時も演劇で

ディケンズの「クリスマス・キャロル」をやったが、手分けして作った脚本がメチャ

クチャで、劇自体纏まりを欠けるものだった事を踏まえ、2年になって最初から戯曲

を選んだのだった。ただ題名は「蕩父だって帰ってくる」という原題に変更した。

 僕は何故か文化祭と言えば演劇と決めていて、クラスの責任者になると多数の反対

を抑え込んで一部の賛同者と実行までこぎつけたのだった。

「多分上手くいくと思うよ。割と皆乗って来たから。」僕は答えた。

「そうね、今日の練習、前よりも一段と熱がこもっていたみたい。内田君の賢一郎、

少し怖かったんだもん。」彼女も文化祭の責任者だった。

 真夏の太陽は容赦なく照り付け、二人は学校からバス停へ続く、長い坂道を歩いて

行った。彼女は何度も汗を拭い、薄手のシャツから下着がくっきりに透けて見えた。

「演劇の事、随分詳しいのね。」

「そんなことないよ。僕の姉が高校の時、演劇部にいてね、それで少し教えて貰った

だけ。」ともすれば、彼女の胸に行きそうな視線を逸らし、僕は答えた。

「メイクアップも?」

「うん、そう。」

「去年のクリスマス・キャロルの時、由紀子さんにはしてあげたでしょう。」彼女は

いたずらっぽく、少し笑った。そして、

「私にはしてくれなかったのね。」と呟いた。彼女も出演者の一人だった。

僕には彼女の真意が図りしれなかった。この間一緒に帰った時は、バスの中で一言も

口を聞かなかったのに、今日は妙に思わせぶりな事を言う。

 バスが来た。定期券を運転手に見せ、前扉から乗る。席は空いてなかった。

「私ね、夢を見るのが好きなの。朝起きたらすぐ、その夜見た夢をノートに書いておく

のよ。」彼女は吊革につかまって、流れ去る車窓の外を見ながらそう言った。その大き

な瞳は美しく輝いていた。

「それでね、夢で見た事が、後になって実際に起きるの。」

僕は少し前に買ったG.フロイトの「夢判断」を読んでおけば良かったと思いつつ、彼女

に明解な解答を出せない自分を恨んだ。そして彼女の話題がいつも支離滅裂である事を

不思議に思った。確かに彼女は思いもよらない事を突然、口にする癖があるように思え

たが、それがわざとなのか、どちらかというと饒舌ではない僕への思いやりなのかは

不明だった。

 

 「お元気ですか。突然手紙なんて、きっとびっくりしたことでしょう。考えてみたら

あなたに手紙を書くのは初めてのような気がします。今日この手紙を書いたのは、今更

と思われるかもしれませんが、一度会ってお話がしたいのです。御都合の良い日をお知

らせ下さい。私は何時でも構いません。」

ただ、それだけである。しかし僕はそれで充分な気がした。<続> 

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)7

7.日記(1974年1月10日)

                             ソッピーズ・キャメル

 寂しい正月は終わった。夢を乗せて走った去年の日々を、最後まで信じていた愛を、

忘れる事は出来ないだろうが、この切ない想いよりなお、明日は哀しみを忍ばせながら

僕を染め変えて行く。

 「今」という時だけが静かな心を保ち続ける。過去にも未来にも属さないこの一時

に、僕は悲しみと不安を見つめることが出来る。どれだけ長い道程を歩いたろう。

毎日が思い出だけを辿る日々に費やされる事も、そして再びここにいる事さえ・・・。

周囲の移り変わりに取り残されたという訳でもないこの心が、切り裂かれていくその

事実に、一度は苦しみそして黙認する。何故、迷いは続くのだろう。その度に「これで

いいんだ」と繰り返しながら。

 時が経てば求める回答の多くは明確になるだろう。だが、それが何になると言うの

だ。すべては終わったのだ。このうえ僕は何を書こうとしているのか。君の心も捕ら

えることが出来なかった言葉をもって。

 

<同級生の感想>

1.よく意味がわからなかった。あまり面白くない。 K子

2.失恋のこと? 君はロマンチストですね。 ペチャ松

3.あまりにも文がきれいに書かれている。しかし・・・ 腹山

4.苦しみは時間と共に過ぎ去って行きます。 O部

5.とっても美しい文章。でも私にはよく理解できなかった。 サチコ

6.多少感動しました。字がきれいですね。 J子

7.字がきれいだし、美しい文章ですね。だけどもっと明るくなっテ。淋しくなるよ。

  T.M保

8.そんなに迷っているなら、おまわりさんに聞きなさい。 A.J

9.そんなに迷っているなら、私がなぐさめてあげるわ? N.

10.私の心を捕らえられなかったばかりに、こんなバカみたいな日記つけて。私が悪

  かったわ、さあおいで坊や!! M尾

11.キミはホモですね。 Wマン

12.ほんとは寂しくないくせして。 センヌキ

13.私、また、あなたを好きになりそうだわ。 ダンディー

14.マリファナによって、あなたの世界は広げられる。 アガタ

15.書いた人がわかります。 M田<終>

 

     *     *     *     *     *     *

 

 前回同様、現国の授業で書かされて、回覧。全然やる気が出なかったのを覚えてい

る。当時は音楽ベッタリの生活をしていたので、別段不幸でも何でもなかったはずだ

が、困った時の失恋ネタと言うべき雑文。2017年3月

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)6

6.十七歳の夏(つづめ)

                            ブラック・クイーン 

 通りをうずめる色づいた言葉が、きっと遠い季節の中に、一度は信じた愛や涙が

あったことを思いださせてくれるだろう。長い間見続けた夢の、一つ一つの影が薄く

なってゆく。人にとって、出会いがいつもそうであるように、不確かな明日の手応え

が、風のように街を渡っていった。

 人は多くの物語の結末が、決して幸福でないことを知っている。だが、そんなこと

が、どうしたと言うのがだろう。この夏を費やしたあの思いさえ、失うべくして失った

に過ぎない。最初に通り過ぎた季節は、夜の奥深くに沈んだ優しさがある。窓を開き

ながら、朝の訪れが瞳の中に溶け込んだら、いつまでこんな事が続くだろうかと考え

る。思い出の中で人は訪れ、そして去って行く。昔書いた詩を読み返して、時が流れた

という実感は無かった。唯、遥か遠い所に自分が行ってしまったような、寂しい気持ち

がしないこともない。

 木の葉が散ればまた冬が来て・・・。そうした想いをめぐらしながら、今夏が終わ

ろうとしている。そして僕の頭の中では、「つづめ」という意味も無い言葉だけが、

空しく響いていた。

 

<同級生の感想>

1.少女趣味の小説じゃあるまいし、バカナこと止めて欲しい。頭がハゲてきたからと

    いって、中までおかしくなった訳でもないだろう。スヌーピーを持っていればいい

   というもんでもねえだろう。「四十年早い」と誰かのように私も言いたい。アガタ

2.  よしてくれ、気味が悪い。君は女か?少なくともオレと君の性格はかなり違うよう

      だ。T山

3.   みんな言いたい事を言っているけど、こんな綺麗な字で、綺麗な文章書けるかい?

      ブラック・クイーンさん、小説家になったら?もう一言、ドーユウわけか「元気を

      おだし」といいたくなるような文章ですね。I.M子

4.   キザったらしい。口の悪い私はすぐこういうことを言ってしまうのですが、キザ的

      感覚を常に意識していないと文学者にはなれないそうです。その点ブラックイーン

      さんは文学者向きではないでしょうか? でもブラックさんはスヌーピーさんと

      たわむれていた方が、合ってます。 メガネユキコ

5.   今のこの時代に落ち着いて、心の中からこのようなことが書けるなら、あなたは

      この時代の貴な人かもしれない。私も前の女子二人と同じような気持ちです。M

      M 美

6.   小説家になるべきです。いえ、ならなければいけません! ペチャ松

7.   とても静かなきれいな文章だと思います。ちょっと淋しそう。T.M保

8.   この文章に曲をつけてギターを持ってジュクに来たら?アベック達にうけるかも。

     でもきれいな文章だ・・・ピアノで曲をつけたら歌ってあげようか。 K.Y子

9.  若者の心の美しさを見たような気がする。 O部  子

10.  あなたは素敵な人ですね。 ナッパ

11..君は文章がうまい。小説家で充分食ってゆけるぞ! N瀬

12.,何てきざな文章でしょう。でも最初の部分はとってもいい。私が現在そう思って

     いるから、感動した。 ニッカ

13..あなたは素敵な人ですね。 ダンディー <終>1973年9月

 

     *     *     *     *     *

 

 これも現国の授業で書いた文。ペンネームで書き、わら半紙をつけて適当に回覧し、

感想を書く、というもの。多分評価には関係のない暇つぶしだったのだろう。親しい

者には誰が書いたかバレバレ。ダンディーの感想に思わず笑ってしまった。

2017年3月

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)5

5.現国のテスト「詩について」

 

 こうやって詩の事を改めて考え直してみると、全く訳が分からなくなってしまう。

それ程詩が生活に密着しているとは思わないが、詩との出会いが無ければ、今の僕

ではない僕になっていたに違いない。

 僕が学校で書かされる以外の詩を書き始めてから五年になる。その間に多くの言葉

がノートを埋めていったが、一つの完成品を残して僕はそれまでの詩、即ち詩人と

呼ばれるような人が書くみたいな詩を、止めてしまった。そして今は何の変哲もない

歌詞を書いている。何故止めたのかは判らないし、止めたと言うよりはむしろ書けなく

なってしまったのだ。一度は信じた詩が、今では単なる言葉の羅列でしかない。書かれ

た詩はどれも真実を語っていない。時間が考え方を変えてしまったのかも知れない。

そうすると多くの詩人と呼ばれる人達が発表した詩は、今では彼等(もう既に故人と

なった者も多いが)にとって意味が無いものではないだろうか。そして、それを読む

我々は、彼等の一時的な感動に浸っているに他ならない。しかも詩人達のすべてが、

一時的にせよ真実を語っているかさえ疑問である。生活の為、言葉を売らなければなら

ない者は、当然売れる事を意識するであろうし、売れるという事は大衆に迎合すること

にもつながる。また韻を踏んだりする為、彼等は彼等は敢えて自分をまげて、書くこと

さえあるはずだ。詩人は単なる売文家でしかなくなることを恐れ、様々な努力を行う

であろうが、それら自体が既に不自然な事であるから、「どうにもならない」という

事に変わりないと考える。

 詩人と呼ばれる人達は、何か普通の人ではないと思われがちだが、決してそうでは

ない。どのような人にも感動があり、それを言葉に上手く置き換えられるか、そうでは

ないかの違いなのである。そしてそれらの大半は訓練によって、得られるものに違い

ない。言葉を多く知っているという事も、その一つであろう。確かに詩人は我々の知ら

ない言葉をよく用いる。しかし、普通は使われないそれらが、本当に必要なものかどう

か疑わしい。敢えて人に判らないようにするのは、その詩人が未熟なせいである。ほん

の身の回りの言葉にも感動はあるはずなのだ。

 僕が見た感じ、詩人はある意味で甘やかされているのではないだろうか。よく詩が

書かれた記念碑などが建っている。そのあたりは風光明媚な場所が多く、人は自分で

言葉にする前にそれを読んで、「なるほど」と思ってしまうのである。そしてまるで

我が意をえたかのように人に伝えるのだ。有名な詩人達は素晴らしい、と信じこまされ

ていて、大して感銘も受けていないのに、解説等を読んで無理に感動してしまう人が

多いのではないか。

 多くの人は好きな詩の一つや二つはあって、暗唱しているものだが(現に僕もそう

だ)、その詩を理解しようと読み込んだ結果覚えたのか、唯単に暗唱出来るようになる

為そうしたのか、僕は後者の人が意外と多いのではないかと思う。また、常に思うこと

だが、詩の解説というものは、判る人には判るのだろうが、かえってその詩を堅苦しい

ものにし、その結果、余計に難解しているのではないだろうか、この詩に於けるレト

リックがなんだとか、ニヒリズムがどうだとか・・・。詩人の詩とはそれ程、多くの

意味を持つものだろうか。

 発表された詩は、その真意がどうであれ、評価される。それ自体間違っているのだ。

詩はそれを書いた人のものである。決して評価を受けるものではない。それを受ける

ということは、結局大衆に受入れ易いものと、そうでないものとを作ってしまう。

 詩を書き続ける者は、はたして自分が何をやっているのか知っているのだろうか。

詩人は手の内にある言葉を一つずつ失ってゆく。そのすべてを失くし、最後には書く

ことも語ることも拒否しなくてはならなくなるのではないだろうか。それが本当の詩人

とは言えないが、詩はその過程に生まれたものに過ぎない。だからこそ僕はそれが全て

とは思わないのだ。結局言える事はそれだけである。これからも、訳の分からないまま

詩を書き続けるかも知れないが、それに溺れてはならないのではないだろうか。

 最後に僕の好きな短い詩を書く。

    私の詩は三日の間もてばいい

    昨日と今日と明日と

    ただその形見であればいい

             三好達治

                             <終>1974年

 

     *     *     *     *     *

 

 高校2年の論文(?)試験。詩に対して批判的立場を取っているかのようだが、これ

はP.サイモンの「キャシーの歌」の歌詞にインスパイアされたものであると思う。

今読み返すと、論旨に矛盾や焦点が定まらない部分だらけで、ご異論も多々あること

と思うが、17歳の文章なのでご容赦願いたい。因みに評価は「木」であった。評価

についてはアーカイブにある「青春浪漫 告別演奏会顛末記7」をご参照いただければ

幸いである。2017年3月  

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)4

4.「深沢うたたね団」の伝説

 

 G.ナッシュが運転する「サウスバンド・トレイン」から、D.クロスビーとS.

スティルスが操る「木の船」に乗り換えてマナサスに着く頃には、三軒茶屋も丸焼け

になっているだろう。僕はジュディー・コリンズに痺れて足が立たないし、誰も助け

に来ないところを見ると、このままロースト・ベアーになる他ないらしい。「くまっ

た!」なんて駄洒落に一人笑い転げていると、「チャン・チャン・ポップス」が

始まったので、仕方無いからラジオを切ると、頭の中でマシンガン・ダンディー

口笛とスナフキンのギターが、パウル・クレーの絵をバックに「山鳩」を演奏して

いる。シンセサイザーの回路を間違えたエマーソンや、脱色したジミヘン、「風に

吹かれて」を歌うツェッペリン、「あせ」をハモるCSN&Yやら・・・。どうも

頭が変テコリンになって来た。ジョニー・キャッシュ北島三郎が兄弟だったり、

フランク永井アグネス・チャンがデュエットしたり、鼻の先が欠けたクレオパトラ

が、髭を剃った風間さんを口説いたり。

 浪花千栄子さん、僕も今そこへ行きます。

 

 中学の授業中突然「七つの子」を歌いだしたという、アグリーのマヌケた顔を見ると

「ああ、今日も酷い1日になりそうだ。」と感じない訳にはいかない。学校で2/3

出席しなければならない、という事は1/3休んでいいということだ。と、教えて貰った

のを忘れたわけではないけれど、今日も来てしまった。給食のチョコマーガリンを13

個食べたというアガタ。あんな顔になったのもそのせいか? なんて考えていると、

ストーンズのブライアンを殺したのはドノヴァンだという、有名な噂を思い出した。

 それにしても今朝また頭髪がバサッと抜けた。このままだとダンディーみたいに

ハゲハゲになってしまいそう。だけど広い額=インテリなのだ。狭いのはバカだけ!

 午後になって、ひからびた空から雪が落っこちて来た。ああ、アグネス喜んでいる

だろうと、カメちゃんと顔を見合わせて笑った。頭の回転が遅いアグリーは、それから

1時間も経って同じことをニヤニヤしながら言った。だけど明日は彼女も、汚れた

雪解けを見るに違いないのだ。

 

朽ちかけた長い回廊を抜けた時、早春の陽光は眩しく暖かかった。           

透き通った新緑の若葉が風にささめくのを聞き、

僕はまた新しい詩を一つ書こうと思った。

汚れなく白い思い出をその言葉に託して、輝くこのひと時を飾ってみよう。

描きかけのカンバスに絵具を重ねて、いつかは別れてゆく二人の後ろ姿を見送るよう

に、栞をさした頁を開いて泪の跡を辿る。

流れ星が燃え尽きたら僕は広い夜空の何処かに、願い事の一つを失くしたように

星々の間を探すけれど、心の中で歌はいつも独りぼっちだった。

遠い夢の旅路をさすらう人の、あの優しい微笑みにもう一度出会えたら、

白百合の花に包まれたイースターの街に夜明けを求めて、

さあ行こうワトソン君、ガニマールでは頼りにならないからね。

 

 メガネをかけた僕の友達のおかげで、どうにかオナガの鳴き声だけ判るようになっ

た。カエルを木の枝に串刺しするというモズは、感じの悪いくちばしをしている。

最近カラスが随分多いけれど、あれはスズメが汚れたのだろうか? スズメと言えば、

僕の田舎ではヒチコックの「鳥」さながらに群れをなして飛ぶのであります。

この間、多摩川でトンビに会ったけど、彼(女) はすごいのですよ。あっという間に、

グーンと上昇してしまうのです。「トンビにアブラゲ」というのは、人があれを羨んで

作った話に違いないのだ。実際のトンビはとっても上品でアブラゲなど取らないのです

(嘘です。トンビは非常に好奇心旺盛でアブラゲだって奪うのです)。

 血を吐いて鳴くというホトトギスは、なんだか物悲しい鳥です。だけどウグイスに

ひなを育てさせるとは、調子いいんだわー。東名なんか走っていると思い出す鳥は、

フラミンゴ。どうしてかって? ニャン、ニャン。

傷ついた山鳩を助けたのは我がアグネス。借金バードは、ひょっこりひょうたん島

登場人物なのです。

 鳥が風に流されながら、それでも飛び続ける姿は、まさに感動的であります。そして

僕は人間に生まれて本当に良かったと思うひと時でもあるのであります。

 

 屋根を打つ雨音を聞いていると、心の中に、ある暖かみが伝わってくる。そんな時

僕は、浮かんでは消える面影や言葉に優しさを見つける。誰かが言った冗談にもう

一度笑ってみたり、ある故人との最後の会話に涙ぐむこともある。そして、人を傷つけ

たに違いない言葉を何度も呟きながら、心は謝罪し、許しを求めていた。

いつまで続くか分からないこの気持ちが、思い出の一つとなって、その時また今と同じ

ように微笑むことが出来るだろうか。

 雨が去り夕陽が差し込んだら、好きなレコードをかけたまま窓を開けて、通りの彼方

を見つめた。そして、瞳を閉じて明日に夢を託す、子供の自分にも別れを告げようと

思った。

 

私は再び駆け巡ろう

季節が残した足跡を辿りながら

遠い昔の感情に身を浸そう

指先で崩れていく老木のように

朽ちた渇きを癒しながら

唯巡り来る春の日に眠り

渡る風に吹かれよう

空を濡らす

如月の雨に打たれよう

芽を吹き始めた緑が

やがて輝く頃

私はまた帰って来よう

霧が晴れて光が宿る

この寂れた心を

私は再び駆け巡ろう

 

夏は遠い季節

いつの間にか広がった空を

小さな雲が流れた

もみじが輝いた

夢は途切れ

心が重く感じられた

誰の言葉も無く

面影が浮かんでは消えた

最後のつばくろが去り

落葉が庭を埋めた

寒々とした風が吹き渡った

山はもう装いを変えた

冬支度の村に人影は絶えた

やがて眠りに閉ざされ

降り頻る雪だけが

絶えず聞こえた

その静けさの中で

私は長いきざはしを上がった

思い出の中で

人は訪れ去った

泪の中で

呟きが繰り返された

私は手紙を書いた

音の無い横笛を聞いた

さようならと言った

ああ 竹藪を流れる朝靄

長逝の響きの中を渡る

私は遠い旅に出る

 

 アレサ・フランクリンの影響かは知らないけれど、「ライブ・サイモン」の「明日に

架ける橋」はすごくゴスペル風になっている。だけどやっぱりアート・ガーファンクル

がいなくては。あの澄み切った男性最高部音のテノールには、何故か感動するのです。

S&Gの持つ寂しげな、そしてハードな感じというものは、みんなアーティーのもの

なのでしょう。そして3月30日にはサイモンが来日します。きっとコンサートは

満員、またレコードも売れることでしょう。だけど小学生の時からの付き合いである

僕にしてみれば、ちょっと不愉快でもあるのです。

 S&Gがデビューして10年。この間には僕等自身にしても、色々な事があった。

僕は唯すべてが綺麗な思い出になるよう、星に願うのであります。

 という訳でどうやらマナサスに着いたらしいので、冬眠の続きをしようと思います。

だけど春になったら、また会おうね。 おやすみなさい。クマ<終>1974年1~3月

 

    *     *     *     *     *

 

 高校2年の3学期、私達はクラスで「機関誌ダンディー」を発行していた。これは

その一部分、私が書きなぐった雑文。2017年2月