緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)39

 19.ただその四十分の為だけに(「告別演奏會顛末記」その後)1. 予告

 

 ずっとこのブログが気になっていた。幾つかの下書きも残っている。それでも更新に

至らなかったのは単に怠慢と言うよりも、新たに始めた「風のかたみの日記」というブ

ログとの差別化が困難になったからと思われる。

 勿論、私は文筆を生業としている訳では無く、一連の活動については、これまでも単

なるボケ防止と散々公言してきたが、素人には素人なりのプライドや拘りがあり、少し

でも自分の理想とするものに近づける為の努力を惜しむ積りも無い。ただ、主題の陳腐

化、マンネリ、同様の文体、類似する表現、内容のウィキペディア化など、次第に違和

感を覚える事が増えて来たのだ。特に全てを書き終え、念のためウィキディアをチェッ

クすると、まるで自分がそれを見て書いたと思われるような内容が記述されており、そ

れが最大の落胆に繋がった。どうすればこのような事態を避け、このブログを立ち上げ

た頃の新鮮な気持ちを取り戻す事が出来るのだろうか。

 さて、そろそろ本題に移りたい。答えは意外なところにあった。かって私が書いた

「青春浪漫 告別演奏會顛末記」 5 にその布石が次のように打ってあったのだ。

“・・・ムーはヒナコとかいう1組の女子と一緒にやるとのことであった。 このムーと

ヒナコ(HIM)二人と、アグリー、クマの四人はグループを組んで、その7か月後、世

田谷区民会館のステージ立つことになるが、この物語ではそれには触れない・・・。”

 そう、私はこの7か月後について書けばいいのだ。そうすれば、あの懐かしいクマや

アグリー、ナッパといった面々にまた会うことができる。例え同じ文体でマンエネリで

あろうとそれでも構わないのである。何故ならこれは誰も知らない物語なのだから。

 

  この予告を書くだけで既に三日を要してしまった。前途多難である事は充分承知して

いる。しかし私が新しい世界へ一歩踏み出した事は間違いない。至福の輝きか或いは更

なる昏冥に向かって。

  

f:id:napdan325:20180811183609j:plain

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)38

18.干支に因み~「PEANUTS」の魅力(4)

 

  長らく放置していたこのタイトル・ブログを再開しようと考えていた矢先、NHK

BSプレミアム「アナザーストーリーズ 運命の分岐点」で、「スヌーピー最後のメッ

セージ」が放送された。案内役の川尻エリカにはあまり好感を持っていないが、番組

自体は私が用意していた原稿を殆ど網羅しており、最早このタイトルを継続する意味が

無くなったと実感した。

 幸い「小休止」として食リポまがいな雑文も、過分なるアクセスを賜り誠に有難く、心

より御礼を申し上げる。唯、いつまでも「小休止」を続ける訳にもいかず、思案の結果

”「PEANUTS」の魅力”を放棄する事とした。数少ない私の定期購読者の皆様にとって

は大した問題では無いと充分承知しているがゴールまで達しなかった事は、かなり大袈

裟に言えば、私にとっては断腸の思いである。

 今後どのような展開になるか暗中模索状態ながら、このブログは私として初めて立ち

上げた物なので大切にしたいと考えている。

 尚、このところ新たな短いブログ「風のかたみの日記」を執筆中、もし宜しければ

御一読願いたし。 

kaze-no-katami.hatenablog.jp

          f:id:napdan325:20180606155912j:plain

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)37

小休止(3)  貼り忘れた写真(或いはカナユニ再訪)

 

 私はレストラン・カナユニについて、このソメチメス(32)から(36)、約12,300文字、

凡そ原稿用紙31枚を費やし私見を述べた。残念ながら元原稿から削除した部分を含めれ

ば、安易な卒論程度の量にはなったと思う。しかし何時もの悪い癖で脇道に逸れ、余計

な記述が散見された事も認めざるを得ない。漸く(36)を公開した時は店を訪問してから

早一ヶ月が過ぎ、私は無性にまたカナユニに行きたくなっていた。脱稿記念、前シリー

ズで紹介しきれなかった美味しい料理等々、自分を納得させる理由は幾らでもある。私

は迷わず店に予約の電話を入れた。

 小田和正の歌の文句では無いが、「どれだけ言葉を尽くしてみても、確かめられない

物はあるだろう」に触発され、今回は出来る限り言葉による虚飾を廃し、視覚に訴える

事とする所存。目標!、ワン・ステージ完全燃焼!! と宣言しながら、既に420文字を

浪費。さあ行こう、ワトソン君!?

 そして4月14日17時、私はまた店の扉を開ける。笑顔で出迎える横田誠氏に先

だっての帽子返送の礼を述べこの店の一番上席に案内される。奥の中央だ。直ぐに相方

も到着、先ず食前酒にシェリー、その後のシャブリと「漁夫のサラダ」「エスカルゴ」

をオーダー。すると乾杯をしている我々の前に突然肉の塊が現れた。(写真1)

f:id:napdan325:20180430143218j:plain

      <写真1> カナユニ自家製ハムの塊

 これは勿論、私が写真を撮りに来た事を知るオーナーの気遣いと分かってはいるが、

見た以上食べたくなるのが人情ってものだ。少し切って貰う。(写真2)      

       f:id:napdan325:20180430152426j:plain      

           <写真2> 横田誠オーナー自ら執刀?

そして出来上がり。(写真3) 味はGood。尚、これはいつもある訳では無い。 

              f:id:napdan325:20180430154606j:plain

                         <写真3> カナユニ自家製ハム

 次に懐かしい「漁夫のサラダ」が来る。(写真4) 

          f:id:napdan325:20180430194310j:plain

               <写真4> 漁夫のサラダ(Seafood Salad)

まあサラダなので、ずば抜けて美味しいと称賛は出来ないにせよ、貝類とのマッチング

は良く、彩り抜群、何より最初からシェアされて出て来るのがカナユニの姿勢を示して

いる。因みに私は初めて海老を頭から行ってしまったが、やはり止めておけば良かった

と思った。

 そうこうしている内に、注文していない一皿が運ばれた。(写真5)これは一体?

         f:id:napdan325:20180430200507j:plain

                                                <写真5> 品名不明 その1

白身魚の衣焼きのようで実に美味。オーナーに聞くと「白魚のチジミ」みたいな物との

回答、試作品か? しかし美味しい旨伝えると喜んでいた。白魚は旬でもあり期間限定

メニューになるかも知れない。

 そしてお待ちかね「エスカルゴ」の登場!(写真6)           

        f:id:napdan325:20180430204757j:plain

                                                          <写真6> エスカルゴ

何年振りだろうか。身を食した後、残ったガーリック・バターにパンを浸す。カロリー

が気になるところではあるが、そんな事を言っている場合では無い。あっと言う間に

完食。美味しかった。

 エスカルゴの余韻に浸っている時、またしても注文外の品が届く。(写真7)             

           f:id:napdan325:20180430211447j:plain

                                                   <写真7> 品名不明 その2

ソラマメとじゃが芋主体、味は良い。小さな器ながら底に新じゃがの小片あり、結構腹

に溜まる。ところで今日は何故オーダー外の品が出るのだろうか? 我々へのサービス

か、それとも我々がモニターなのか。もし後者だとしたらグルメでも無い感想を述べた

事を悔やむしかない。

 今日は極力アルコールはセーブし早めの帰宅を期していたので、シェリーの後のシャ

ブリと赤ワインに留める事にした。赤ワインを注文する際、オーナーから希望を聞かれ

た私は、よく判らないのでコストパフォーマンスが高いのを、と情けない返答。ワイン

リストで示された品を見たが暗くて価格も見えず了承。更にテイスティングを求められ

一応作法に従い承認。デキャンタに移されグラスに注がれた。(写真8)          

       f:id:napdan325:20180430220743j:plain

        <写真8> 右からシャブリ、高CPの赤ワインとそれを入れるデキャンタ

 普段飲んでいるネジ巻きキャップの安ワインとは格が違う、この程度のコメントしか

出来ない自分に対し、今更不満を感じても仕方ないと開き直る。

 それより愈々今夜のメインの登場だ。おもむろに簡易テーブルが我々の側に置かれた

と言えばそのメニューは歴然。そう、タルタルステーキの準備が始まった。(写真9)

        f:id:napdan325:20180501135600j:plain

        <写真9> スタッフがタルタルステーキ最終調理中。微かに今井亮太郎氏を望む

 尚、この日の生演奏は今井亮太郎というピアニストが出演。アントニオ・カルロス・

ジョビンを中心に軽快なボッサをプレイ。途中2曲、客の女性ボーカルと即興セッショ

ンのサプライズがあった。

 そして準備完了。殆ど10年近くの時を経て目の前に置かれた。(写真10)

      f:id:napdan325:20180501144340j:plain

        <写真10> カナユニのタルタルステーキ(Tartar Steak Kana-Yuni)

 添えられたパンに、卵黄、ケッパー他、香味野菜を混ぜた生牛肉をスプーンですくい

乗せて食べる。味は各人でご賞味頂きたい。

 また、好物のビールを一滴も口にしなかった私は、定番サン・ビッツの注文も忘れず

疑問が残った特製タレについて聴取すると、粒マスタードにさらし玉ねぎ、だし醤油と

の回答。私のセロリ説は見事に砕け散った。

 やがて帰宅予定時刻を迎え、別室に立った私は途中壁に掛かった写真の前で足を止め

る。(写真11)

         f:id:napdan325:20180501150221j:plain

                          <写真11> 横田宏氏。偏光フィルターの必要性をこれ程感じた事は無い。

先代オーナーの優し気な笑顔が、この店に集う者を見守っているような気がした。そし

て辞する際、前回同様、横田誠オーナーの丁重な見送りを受け、私は思わず敬礼で答え

たのだった。

 

 勿論、世界のあらゆる美味が一堂に会すると言っても過言ではない東京で、このカナ

ユニというレストランは取るに足らぬ存在かも知れない。それでも私はこの店が好きだ

し、必ず再び扉を開くに違いないだろう。

 そうすれば、そこはもうJohn Coltrane Quartet が奏でる心地よい "Ballads” の世界。

昔訪れたモンマルトルか、「Black Cab」と呼ばれる対面シートのロンドンタクシーの

車内か、それともサンマルコ広場の喧騒から離れたリゾ島の由緒あるホテルの一室

か…。たとえ何処であれ、きっと其処に佇む私がいる筈だ。<終>

       f:id:napdan325:20180428234546j:plain

 

      *      *      *      *      *

 

 ひとつ嬉しい知らせがあった。私がソメチメス(34)に添付した<写真1>カナユニの

外観を、Googleマップの所在地訂正の際投稿したところ、閲覧回数が100を超えたとの

メールを受取り、確認したところ170余りあった。やがてここが予約も取れない店に

なったとしても本望である。

 村上春樹の小説のタイトル「羊をめぐる冒険」ではないが、冒頭に述べた通りソメチ

メス(32)に始まったカナユニに関するブログは、今回をもって漸く「Final Odyssey」を

迎えた。しかし私のもとには、ある人から自作料理の画像が幾つも送られて来ており、

これに如何に真摯に対応するか、稚拙な表現力しかない私の真価が問われそうな予感が

している。<2018年5月>  

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)36

小休止(2) 新生老舗レストランを南青山に訪た <その5>

 

 そしてT氏はワインを一口飲み漸く口を開いた。「これ、味はいいんだけど、兎に角

強烈だ。」と理解不明な言葉を呟いた。私も早速残った一欠片を取り皿に乗せ、更に小

さくフォークで切って口に運んだ。過去からかなりのブルーチーズを食して来たつもり

だったが、この手の味は初めてだ。これ迄の経験に比し、特段臭みがある訳でも、塩気

が強い訳でも無い。それでも凄まじい程の衝撃が口の中を蔽いつくす。困惑する私の顔

を見たT氏は、半ば笑いながら「初めてチーズに負けた」と言い、皿に残った ブルー

チーズに恨めしそうな視線を送った。これが有名なロックフォール (Roquefort) の味な

のかどうか判断するには、私は未熟過ぎT氏に向かい苦笑するしか術は無かった。

 しかし歳を重ね、いけ図々しさを多少なりとも身に着けた私はこんな事ではめげな

い。次なる試みは幾分の酔いも手伝い、今夜、この場所で周囲の注目を集める事と定め

た。先ず、手始めは以前元赤坂にあった自家製レモン・チェッロ(Limoncello) の存在を

確認しオーダーする事だ。この果樹酒は元来イタリア発祥で、デパ地下等の洋酒売り場

に行けば容易に手に入るが、この店の自家製であり、何と言ってもそのボトルの異形に

インパクトがある。(写真11)

          f:id:napdan325:20180409180248j:plain

                 <写真11> 自家製レモン・チェッロのボトル

  尚、私はこれを勝手に「氷レモンのオバケ」と呼んでいる。それまでまったり赤

ワインを飲んでいたT氏も、「やっぱり、あるんだぁ」と洒落た眼鏡を通し懐かしそう

にこのボトルを見た。すぐに食後酒専用の小さく細いグラスが運ばれ注がれる。私は

口を付ける前に、それをT氏に差し出しテイスティングを勧める(何でもシェアする訳

では無い、念の為)。感想は一言「甘くて酸っぱくて爽快」、まさにその通りだ。但し

ウオッカ・ベースなので飲み過ぎは危険。

 ところで周囲の受けを狙ったこの行為だったが、豈図らず全くリアクションが無い。

皆、常連なのか会話に夢中なのか分からないが、いい歳をした自分の仕業を恥じるしか

無かった。

 それでも私が次なる挑戦を考えている時、冷静なT氏はフロアーに誠オーナーともう

一人(顔は見覚えがあるが、名前が思い出せない)しか居ない事に対し、「スタッフが

足りないのでは」と問題提起をした。確かに私も他のテーブルの客がオーダーをしよう

と、スタッフを探すような仕草を何度か目にした。この店は以前から注文を受け料理が

出される迄ある程度時間を要していたが、我々のようにダラダラと飲酒を続けない人に

とっては、少しイラつくかも知れない。しかし少なくとも注文を取るスタッフが後一人

欲しいような気もする。その辺りが費用対効果の問題だろう。何れにせよ、辛口評論家

のT氏の眼力は流石だと思った。そして私は最後の切り札を出す。

 カクテルにベリーニという物がある。ピーチネクターを使用した甘く美味な飲み物

だ。かって元赤坂で他の客のその魅力的な色合いの飲料を見た私は、同行のT氏に「あ

れは何か」尋ねると、博学な氏は事もなげに名前を教えてくれ、我々は早速オーダー

した。その後、事ある毎に締めにはこれと決めていたが、ある時あの浅見さんが「今日

は特別なベリーニがある」と言う。迷わず注文すると何と苺で出来ていた。私はその記

憶を蘇らせ、季節を考慮しスッタフにその有無を確認。その結果がこれである。

             f:id:napdan325:20180412204242j:plain

          <写真11> 苺のベリーニ 右端に食後酒専用グラスが見える

今度もテイスティングしたT氏は、「やっぱり、これはまるでデザートのよう」と評し

微笑んだ。

 やがて他の客は席を立ち始め、ふと腕時計を見ると23時半を差している。流石に

帰らなければならない。取敢えず勘定を頼む、締めて二人合わせ仕上り五万二千円、勿

論ダッチアカウントだ。食事量に比べ圧倒的に酒量が多く、多くの人はこれと逆の立場

を取るであろうから、多分もっと安く済むと思う。

 店を辞する時、誠オーナーから紅い薔薇のプレゼントがあり、出口まで見送りを受け

た。そしてT氏に痛む腰を押され階段を上り、カナユニが見えなくなる踊り場で振り

返った私の目は、背筋を伸ばし未だそこに立つ横田誠氏を捕らえた。その姿は今は亡き

先代オーナー横田宏氏と重なって見えた。何の力も無い私だが、新生カナユニがこの地

からまた新たな伝説を積み上げて行く事を願って止まない。

 帰路のタクシーの中、深紅の薔薇に視線を落としながら、私は思わず頬を緩ませ、子

供の頃から好きだったサイモン&ガーファンクルの「59番街橋の歌」を小声で口ずさん

でいたのだった。

              ♪  " Got no deeds to  do

                 No promises to keep

                               I'm dappled and drowsy and ready to sleep

                              Let the mornig time drop all its petals on me

                                                       Life, I love you

                                                         All is groovy "  ♪

                                                                                                                                 <終> 

f:id:napdan325:20180407223026j:plain

                                and is dedicated to you, "T"

 

      *      *      *      *      *

 

 我々がカナユニを訪れたのは土曜日であった。その帰路、私は店に帽子を忘れた事に

気付いたが、別段高価な物でも無く直ぐに諦めた。果たして週明け月曜日の夕刻、何と

横田誠オーナーから電話、その帽子を送付してくれると言う。私は一瞬躊躇したが有難

く好意を受けた。せめて何か出来ないかと考え、グーグル・マップで所在地が元赤坂の

ままになっていたのを修正送信、後日反映された。

 話は前後する。私は最初、このカナユニに関するブログを一回で終える心算だった

が、何時もの癖で五回に亘りまたこの最終章に至って、PCの不調並びに表示の不具合

を解消出来ず、結局公開まで凡そ一ヶ月余りを費やした。その間メールで励ましや提案

をしてくれたT氏に、感謝の意を込めて「 ”T”に捧ぐと」書いたが、多分そんなものは

要らないと言われるはずだ。

 そして何よりも、店内撮影とブログ掲載を快く了承下さった横田誠氏にこの場を借り

て深謝申し上げる。願わくば当ブログをご高覧賜った方がカナユニに足を運んで頂きた

いものである。

 このところの陽気に誘われたのか、私のエンゲル係数はうなぎ登りだ。(2018年4月)

 

備考:レストラン カナユニ

           〒107-0062

           東京都港区南青山4-1-15 アルテカ ベルデプラザ B1F

           Tel 03-3404-4776  Fax 03-3404-4766

           営業時間 月~土/17:00~24:00 (除 日曜、祝日) 

                      f:id:napdan325:20180412192945j:plain

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)35

小休止(2) 新生老舗レストランを南青山に訪た <その4>

 

 ところで我々には一つ気掛かりな点があった。それはかって種々便宜を図ってくれた

浅見さんの姿が見えない事だった。私は氏の風貌から随分高齢と思い込んでいたが、カ

ナユニへの道すがらT氏から我々とそれ程年齢差が無いと聞き、それなら再会出来る可

能性もあるなと思っていたからだ。思い切って誠オーナーに訊ねてみると、現在神楽坂

で働かれているとの由。先ずは健在である事だけでも分かったので少し安心した。

 

 やがて木の葉が音も無く散るように夜のとばりが店を包む頃、漸く客が入店し始め

る。私は元来他人のプライバシーに立ち入る趣味は無いが、それとなく見ていると中年

男性と若い女性のカップル。赤ワインのボトルを氷入りのワインクーラーでオーダー、

更にフロアースタッフが例の折り畳み式テーブルを運ぶ。上り坂、下り坂に続く「まさ

か」と思ったが、矢張りいきなりタルタルステーキだ。更に次の客が来る。なんと全く

同じ様なカップルで白ワインとスープをオーダー後、驚く事にこちらもタルタルなので

ある。T氏は彼等に背を向ける位置にあり、そもそも牛肉好きながらタルタルステーキ

には興味が無いので、敢えてその出来事は伝えず互いに赤ワインを飲みながら会話を続

けていた。やがてT氏が別室に立った時、私は改めて彼等を見、自称ストーリーテラー

として妄想が膨らみかけるも、唯一つ、かって我社社長がそうであったようにタルタル

ステーキで滑る事を念じつつ両カップルの幸せを祈るに止めたのだった。

  

 この店にも赤坂と同じようにバンドが入っていた。その夜はジャジーなピアノと歌手

女性二人組。あの位ジャズピアノが弾けると気持ちいいだろうなと私が言うと、T氏は

それに答えず、あのボーカルの子「しずちゃん」に似てないか、ところでしずちゃん

って知ってると問う。いくら昨今の芸能界に疎い私でもその程度の常識はある。

 やがて三三五五、客が入店、殆どのテーブルが埋まり、そして我々は満を持して何時

もの定番メインディッシュをオーダーした。

 

 苦節幾星霜、遺恨十年磨一剣、遂にサンビッツがその姿を現した(写真9)。尚、か

なりオーバーな表現ではあった事は素直に認める。

f:id:napdan325:20180402175847j:plain

              <写真9> サンビッツ (Sunbits Kana-Uni Style) 

  写真のフォーカスが甘く非常に残念。こんな事ならばニコンのデジタル一眼を持って

行けばよかった、と後悔(また余計な話を!)。これは所謂一つのシャトーブリアン

(だと信じている)のステーキ。適度な厚さに切られた肉自体は冷ましてあるが充分柔

らかい。オープンサンドなので温かく薄めのトーストが添えられている。先ず肉を手前

にあるタレに浸しパンに乗せて食するのがこの店の流儀(勿論、as you like it. だが)。

この特製タレは粒カラシ(grain mustard moutarde à l'ancienne)をベースに何か野菜

のみじん切りが入っており、それに醤油を足す。この野菜は一体何なのか。

 私はセロリと考えていたが自身でも料理をするT氏の意見を聴いてみると、セロリ説

を否定しないものの以前自宅で「なんちゃってサンビッツ」を作った時は、さらし玉葱

とポン酢を使ったと言う。確かに粒マスタードの製造過程でワインビネガーか酢を入れ

るし、それはそれで説得力があると思った、しかし実際のところ何かは不明のまま。

まあ、料理は能書きで食べるものでは無く、美味しいと感じられればそれで良いのでは

ないだろうか。

 本来、白ワイン好きなT氏もこれに備え既に赤に替えている。そして我々は久々に

この味を心ゆくまで堪能したのだった。

 

 その後、私が別室から戻って来ると何と見かけぬ一皿がある(写真10)。

           f:id:napdan325:20180404185145j:plain

                 <写真10> チーズの盛り合わせ 左がブルーチーズ

T氏にオーダーしたのと聞くと笑って頷く。私もチーズ大好き人間なので無論異論は

無いが、かってのカナユニで浅見さんにメニュー外にも拘らず、チーズのようなものは

ありますかと尋ねたら「かしこまりました」と答え、暫くするとミルフィーユ・パイの

上に鰻の蒲焼みたいな物が乗せられた料理が出てきた事を思い出した。

早速T氏がブルーチーズ一欠片を口にする。暫く黙していたが、見る見るうちに表情が

変わっていくのが分かった。一体何が…。<続く>

 

      *       *      *      *      *

 

 今度こそ本当に、このカナユニ・シリーズに結着をつけるつもりだったが、思うとこ

ろあり、またしてもここで区切る事にした。次回こそ完結を目指す! 心算。

(2018年4月) 

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)34

小休止(2) 新生老舗レストランを南青山に訪た <その3>

 

 「追伸。カナユニオーナーの息子さんマコトさんが南青山にカナユニをオープンさせ

たそうです。」今年3月初旬、それを伝えたのは私の近況報告メールに対する、赤坂の

知人(以下、T氏という)からの返信だった。私はそれまでも時折カナユニのオフィ

シャルサイトを覗いては、閉店以降全く更新されていない事を確認していたが、早速

ネットで検索、それらしき情報を入手、T氏と打ち合わせの上、予約の電話を入れた。

その際「当方で何か用意しておく事は」との懐かしいフレーズを久々に聞き、忘れかけ

ていた心の高まりのようなものを覚えた。

 当日、我々は地下鉄銀座線「外苑前」で待ち合わせ、新生カナユニへ向う。実は私は

二年程前から腰痛が酷く精密検査の結果、腰部脊柱管狭窄症と診断され、杖をついても

長距離の歩行は困難で、特に階段の昇り降りは苦行に等しい。地下から地上に出る最後

の階段を、私は「十億マイルもやってきたんだー最後の六十マイルでとめられてたまる

ものか」と殆ど「2001年宇宙の旅」のボーマン船長のような心境で上った。

(いかん! また話が脇道に逸れそうだ)

 店への道は判り易かったが、私は足腰の消耗から何度も立ち止まりスマホで位置を確

認、その度にT氏は並行する路地を見に行ったり、私を待たせて先を探しに行ってくれ

た。そして遂に我々は新生カナユニに到着したのだった。

f:id:napdan325:20180321215118j:plain

       <写真1>カナユニの外観、右上と入り口に昔と同じ鍵🔑のマークが見える。

 午後五時、開店時刻丁度に扉を開け入店。以前と同じように室内の照明は控えめ、

          f:id:napdan325:20180322104747j:plain

                      <写真2> 

テーブルに置かれた蝋燭の灯の揺らめきに、過ぎた昔が蘇った(写真2参照)。私は心

に安寧感をもたらすこの薄暗さが何故か好きだ。店内は開店直後なので勿論他に客は無

く、直ぐに奥から二代目オーナー横田 誠氏が笑顔を浮かべ出て来て迎えてくれた。どう

やら我々二人の事を覚えていてくれたようで私は妙に嬉しかった。席に案内され先ずは

シャンパンをオーダー、言葉にはしなかったものの我々の再会とカナユニの再開を祝し

乾杯。尚、この店でシャンパンとして出して来る以上、少なくとも単なるスパーリング

ワインでは無くシャンパーニュ地方の物のはずだ。(写真3)

f:id:napdan325:20180322184514j:plain

      <写真3>         

                 f:id:napdan325:20180322185123j:plain

                    <写真4>手前にルーペが付いている (決して我々専用では無い)

 その後、おもむろにメニューを開く。元赤坂時代と全く同じだ。(写真4)それは決

して経費節減を図ったのでは無く、先代オーナーが試行錯誤のすえ作成したものを大切

にしているのだと思った。そしてオーダーをする。かってならば「漁夫のサラダ」から

始めていたが、今回は「季節の野菜サラダ」と「トマトスライス・サラダ」(写真6)に

「きのこのソテー」(写真7)。T氏からは、まるで菜食主義者かとの疑問が呈されなが

らも、私は頷きながら笑って了承を求めた。

f:id:napdan325:20180323140500j:plain

    <写真5> 敵(笑)は早くも白ワイン突入

                               f:id:napdan325:20180323141005j:plain

                   <写真6> サラダ2種 奥が(小池さんの)トマト

                                                                   f:id:napdan325:20180323141745j:plain

                                                                          <写真7> きのこのソテー 左上に微かにフランスパンが見える

 「季節の野菜サラダ」はさっぱりしており、「トマト」に関しては以前マコトさんの

このトマトの生産者は小池さんだという事を記憶していたので、今回敢えて誠オーナー

に生産者は小池さんかと訊ねたところ、彼は笑みを浮かべ「仰る通りでございます」と

の回答をしてくれた。また私は若い頃から根っからのビール党で、幾ら飲んでも別室に

立つ事は無く学生時代「ナショナル収納壁」と呼ばれたり、社会人になった当初は遠慮

していたがある程度の立場になって以降、ビール飲み放題の状況を確立した。何故この

ような話をするのかと言えば、旧カナユニには大ジョッキならぬバケツという器があ

り、試しに頼んだところその名の通りガラス製の小型のバケツが出て来て驚愕した事を

思い出したからだ。今回はさすがに前立腺が悲鳴を上げそうなので敢えて確認はしなかっ

たが、もしあの器が今でも保存されているならば流行りの「インスタ映え」する事間違

い無い。尚、私は多分一般的飲酒者の三倍以上ビールを飲んでいると思う、しかし未だ

に尿酸値は基準値以下のままである。

 「きのこのソテー」は初めてオーダーしたような気がする。小型のマッシュルーム

を塩コショウで軽く炒めた感でありながら、酒のつまみにはもってこい。油は使ってい

ても素材にカロリーは無くヘルシーなのが良い。またこの品に限って鉢植えの植物を描

いた取り皿が用意され、T氏は思わずお洒落と一言呟いた。その間にお馴染み表面のみ

アツアツ・カリカリのフランスパンが運ばれ、やはり美味しい。(写真7) 更に我々の

手元には割り箸がそれとなく置いてある。これは以前、元赤坂からの私的所望で、

それを覚えていてくれたのかと感動した。やはりこの店の「オ・モ・テ・ナ・シ」の

精神は只者では無く、あの東京五輪招致スピーチをした滝川クリステル嬢の美貌に勝っ

ていると思う。(もし二者択一を問われれば迷わず後者を取るが)

 さて、次なるメニューは我々が本当に二者択一をする事になる。即ちカタツムリか

ムール貝かだ。以前は交互に選んだと記憶するものの、久々であるしどちらも捨てがた

く、かと言って両方頼めばメイン迄辿り着けそうも無い。我々は若干の協議の結果、

ムール貝を選択した。(写真8)

          f:id:napdan325:20180324215046j:plain

             <写真8> アリカントムール貝(ガーリックトースト添)

 尚、ここのエスカルゴはあの面倒な器具(エスカルゴ・トング?)で挟み、フォーク

でほじくり出す必要は無く、タコ焼きの鉄板に似た専用(皿?)でガーリック&パセリ・

バターと共に提供され身を食べた後、残ったソースにパンを浸して食する。非常に美味

である。因みにT氏はムール貝を食べ終わった後、オリーブ油、サフランと貝汁からな

るスープにパンを浸していた。そして少し首を傾げながら、味付けが以前より濃くなっ

たのではないかと疑問を呈す。言われてみれば確かにそんな気もするが、それは我々が

歳を重ね、次第に薄味志向が強まった可能性も捨てきれず、また現に我々は完食してい

る訳であるから、それ程大きな欠点では無いと考えるべきかも知れない。本職のリポー

ターならばどう表現するのだろう。「味付けもしっかりしていて、これは本当に美味し

いですね」とでも言うのだろうか。<続く>

      f:id:napdan325:20180324232052j:plain

 

      *      *      *      *      *

 

 本来ならば今回でこの話題は終了予定であったが、初めての画像挿入や何時もの事な

がら余計な著述が多く、一旦ここで分割する事とした。ここまでメールで励ましてくれ

たT氏に感謝、漸くトンネルの出口が見え始めた。次回こそファイナル・オデッセイを

期して。(2018年3月)                      

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)33

小休止(2) 新生老舗レストランを南青山に訪た <その2>

 

 次に私が考えたのは、大学時代の同級生二人の事だった。我々三人は卒業後全く違う

業種に就職したが、親しく電話などで連絡を取り合い偶に会ったり、また年に一度、観

光&グルメ・ツアーを実施(都合で二人になることもあったが)、北は冬の北海道、南

は夏の沖永良部島まで足を運んだ間柄であった。各地の名所旧跡は勿論、美しい景色に

息を吞み、また思いがけず美味しい物に出会う事もあれば、大外れした時もあった。

彼等ならばこのカナユニというレストランの価値を認めてくれると確信したが、しかし

よく考えてみると夫々責任ある立場にあり、しかも一人は難病の子供を抱えて、その対

応に追われいたので迂闊に声を掛けられないと断念した。また、新人社員教育を一緒に

受けた所謂同期の中で、特に親しくしていた二人はどちらも転勤で東京におらず、こち

らも諦めなければならなかった。

 そんな時、ふと思い出したのは赤坂の貿易会社に勤める知人だった。その人とは、と

ある場所で顔見知りになり、その後二度程二人で飲みに行ったことがあったので、早速

メールを飛ばしたところ承諾との返事がきた。その夜、カナユニに予約の電話を入れ

た。応対してくれたのはフロアースタッフの浅見さんという人で、痩身で小柄そして

見事な白髪の持ち主だ。勿論接客の良さは言うまでもない。予約はすぐ取れ、私が宜し

くお願いしますと言うと、浅見さんは何か当方で用意しておく事はありますかと聞いて

きた。私がその意味を直ぐには判らず一瞬黙していると、瞬時に例えば何方かの誕生日

とかと教えてくれた。私はその必要は無い旨伝え、先方のお待ち申し上げております、

で会話は終わった。その後、知人に日時と場所(地図添付)のメールを送り、現地集合

とし当日を待つばかりである。

 一日千秋の思いで待ったその日がやってきた。私は残っている部下を尻目に、近くに

いた課長に人と会うとだけ伝え、就業規則上の終業時刻ちょうどに退社し赤坂へ向かっ

た。待ち合わせ時刻少し前に店付近に着くと、うろうろしている知人の姿を発見、手を

振り入り口まで誘うと、ここは判らなっかとの弁。さすがに昼間赤坂住民もこの入口は

見つけられなかったのかと、失礼ながら少し嬉しかった。

 店に入ると浅見さんが迎えてくれて席へ案内、そこでコート等を預け着席。おもむろ

にメニューが夫々に渡され、取敢えず飲み物だけ聞かれる。長年ビール党の私は、迷わ

ず生ビール、赤坂の知人は白ワイン、そこですかさず浅見さんの問いが入った。ワイン

はどの様な物にいたしましょうか。知人は具体的銘柄や年代を指定せず、例えば、あま

り甘くなくすっきりした飲み心地風なオーダーをし、白髪の紳士はかしこまりましたと

だけ言って立ち去った。我々の手元にはワインリストが残されていたが、少なくとも私

に分かるのは価格位しかなかった。尚、この店ではグラスワインの用意もある。食事の

方はこちから合図しない限り注文を取りに来るような事は一切無く、ゆっくりメニュー

から選べばいいのだが前回来た時は客接待だった為、ろくに目を通す事も出来ず実際初

めて見るよう状況だった。取敢えず評判だというオニオングラタンスープとサラダを頼

み、またメニューを眺めているとバスケットを運んで来た。中を見ると数種類のパンが

入っており、私はフランスパンとバターバターロール選んだ。熱々カリカリのフランス

パンを千切り、昔ながらの小壺に入った硬いバーターを削って塗ると、途轍もなく美味

しく感じた。オニオングラタンスープは噂に違わず美味で、これ程の物はかって日本橋

室町にあった「太平洋」という洋食屋以来だった。後は良く分からないので、浅見さん

に相談しながらオーダーし、すべてのメニューに満足。その中で印象に残ったのはサン

ビッツというステーキのオープンサンドで、特に牛肉大好きを自認する赤坂の知人に好

評を得、その後我々の定番となる。他には前回バタバタしていて殆ど気付かなかった

が、生バンドが入っているのだ。後日この店のホームページを見ると出演するバンドの

スケジュール表があり、どれも三名以下の小編成でブルーノート系を中心にボサノバ、

ラテンのようで、食事代とは別に@2~2,500 円のミュージックチャージなるものがある

事も判明した。

 兎も角その夜は二人共大満足で、この店にて再会を期し別れたが、唯一懸念事項と言

えば、普通に二人でワイン一本程度で済ませればいいのに、ついつい共に多飲する傾向

が強く、それが勘定に直結する事であった。それでも偶に訪れている内にマコトさんと

いう若くてカッコいいスタッフとも顔なじみになり、我々がグラスワインを飲んでいる

と他所の席で注いだワインの残り少ない時に、それとなく我々のグラスに入れてくれた

り、また浅見さんは偶々他に客がいない夜、帰りに紙の手提げ袋をくれて家に帰って開

けてみると、あの美味しいパンが沢山入っていた事もある。中でも印象深いのは伝説の

オーナーである横田宏氏が、手のすいた時は必ずと言っていい程高齢をおして階段を上

り、我々を見送ってくれた事である。暫く真っすぐ歩いて振り返ると老オーナーは、

背筋をきちんと伸ばした姿勢のままそこに立っていた。その姿は今でも目に焼き付いて

離れない。

 その後、私は長年の不摂生が祟ったのか心身ともに傷病を発症し、投薬の副作用の影

響もあり肝機能のɤーGTPが異常数値を示し、医者から断酒を命じられ、結局勤め先を

退任、送別会の誘いも多々あったが殆どを辞退。悠々自適とは言えないにせよ何とか生

活を保つ事が出来そうなので隠遁生活に入った。それでも鬱々とした日が続く事もあり

何の迷いも無く最寄りの比較的大きな精神科を受診、DMSなるマークセンスの診断テス

トを受けると中度のうつ病だという。私は納得出来ずその理由を問うと医師は、例えば

深夜に物音がすると不安になるという設問にYESと回答している等とバカげた事を言う

。私は全設問の結果開示を求めたが当病院ではそのような要望には応えられないとの返

事。意地になった私は同病院のカウンセリングの予約を取り、臨床心理士にその件を話

して結果全資料の開示を受けたが腑に落ちない事ばかりであった。またその間大量のう

つ病に関する書籍を購入すべて読破したが、どれも内容に然したる違い無く唯一得た収

穫は香山リカという精神科医のレベルの低さに気づいた程度だった。その後病院を変

え、それまで得た知識から当時最強と言われた「カリフォルニア・ロケット燃料」

(SNRI+NaSSA)の処方を希望、服用したが何の変化も起こらず、結局自分でうつ病では

無いとの結論を下すに至って本件は終わった。

閑話休題

 その後赤坂の知人とは相変わらず偶に酒を酌み交わしたり、先方の好きなエリック・

クラプトンや私が好きなイーグルスのコンサートに行ったりしていて、演奏会終了後

腹ペコ状態でカナユニに電話すると空いていると言うので、急ぎ駆け付けた事もある。

記憶は定かでは無いが、その時私は発売されて間もないReebokのスニーカーを履いて

おり、スタッフのマコトさんが興味深げにしゃがんでしげしげとその靴を眺めていた

ような気がする。

 その頃私は毎朝5kmの速歩と週1~2度プールかジム通いを続けていたが、ある時

右足親指の爪が肉に食い込む所謂瘭疽になってしまい、近所の皮膚科を受診したところ

手に負えないと付近の総合病院を紹介され、その治療中今度は左足も同様となり、思い

の外時間を要してしまった。その間真面に歩く事が出来ず、種々誘いはあったが全て

断り、また赤坂の知人とも疎遠になってしまった。ある日どうしても出席せねばならな

い案件が起き出掛けると、案の定早い時刻から酒宴となった。夕方になっても皆飲み足

りない様子で、私は久々にカナユニに電話したところ浅見さんが出て、何と一週間後に

閉店すると伝え「お分かりになると思いますが、もう予約が一杯で残念ながらお受け出

来ません」と言う。先方は忙しそうなので理由など聞かずこれ迄の謝辞と浅見氏他、皆

様の健康、ご多幸を祈念し電話を切った。その後蕎麦屋に移動しまた飲んだが、私は心

の中でゆらゆら揺れる蝋燭の灯りの一つが、突然消えてしまったような気がしてならな

かった。

そして帰路、酩酊した頭の中ではカナユニでの出来事が走馬灯のように駆け巡り、何故

か、ふとアルフォンス・ドーデーの短編集「風車小屋だより」の一節、”仕方ありませ

んや、ねえ旦那!… この世には何にだって終わりというものがありますよ。ローヌ川

乗合船や最高裁判所や大きな花模様の上着などの時代が過ぎたように…”  という台詞だ

けが鈍く響いていた。<続く>

 

f:id:napdan325:20180318023216j:plain

 

      *      *      *      *      *

 

 別段、締め切りに追われている訳では無いが、当初自分で考えた予定から大幅に遅れ

ている。それもこれも本題とは全く関係の無い事柄迄ダラダラと記述しているせいとは

承知している。まあビジネス文章では無いので大目に見て頂きたい。次回はいよいよ

新生カナユニに突入。今回でかなり弱気になってしまったので、敢えて何時迄とは予告

不能。(2018年3月)