緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)21

12.DTM 1993年 2.

 DTMはデスクトップミュージックの略である。文字通り机上でデータさえ打ち込め

ば、ソロピアノからバンド演奏、果てはオーケストラまで録音・再生が機械で出来てし

まうのである。しかも打ち込んだデータは変更可能で、メロの差し替え、強弱、テンポ

音色、エフェクト、転調等々、すべてディスプレイで可視化状態で出来てしまうのであ

る。かってアナログ多重録音で苦労していた時代のことを考えると、まるで夢のような

環境を手に入れたのだった。

 それからというもの、どっぷりDTMに浸り込み、手持ちのオリジナル曲を金曜の夜

から土日は寝食を忘れて殆ど打ち込みを続けた。早く出来上がりを聞きたいからで、

だが、時間は瞬く間に過ぎていく。ついには病が高じて、月曜の朝起きられず会社を

遅刻することも何度かあった。

 唯一やっかいなのは、打ち込み中PCが突然フリーズしてしまう事である。再起動

するしかなく、新たに打ち込んだデータは元に戻ってしまう。これにはこまめに上書き

保存を繰り返す事で対応するしかなく、面倒だが仕方無い。

そうこうしているうちに段々慣れて来て、そうなるとプロの作ったデータを読み込んで

パラメータを解読し参考にしたり、自画自賛ながら私のデータも多少洗練されてきた。

また音源を増設したり、ギター入力する為にギターミディコンバータなるものも購入し

たが、このコンバータはギターマイクの精度が低いのか音飛びがして殆ど使い物のなら

なかった。

 私は5人編成のド下手バンドに入っていて、一応リードギターとキーボードを担当。

専ら演奏技術向上の為スクウェアのコピーと、最終的にはオリジナル曲の演奏を目指し

ているが、なかなか上手くいっていないのが現状である。しかも練習4時間、反省会

(飲み会)6時間だから結果は言わずもがなである。このバンド練習にもDTMはその

力を如何なく発揮して、簡単にデモテープを作り、後は符割した簡易楽譜を配るだけで

新曲をメンバーに伝える事が出来る。

 私としては、みんなでワイワイ演奏するのも好きだし、DTMでじっくりストリング

ス等のアレンジを考えるのも悪くない。ただPCで何でこんな事が出来るのだろう、と

言う謎は未だに解決していない。<終>1993年

 

      *       *       *       *

 

 時はwindows3.1の時代である。このVisionというソフトはWIN95版で終了

してしまい、それをWINmeでだましだまし使っている。システムは健在で、今はも

っと進んだ物があるのだろうが、取り替える気は起きていない。バンドの方はメンバー

一人が早世したこともあり自然解散。一度レコード会社の新人募集があり、オリジナル

2曲のテープと写真を送ったが、審査に時間がかかっているのか、未だに返事が来な

い(笑)。2017年8月 

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)20

12.DTM 1993年 1.

 パソコンで音楽をやろうと思った。これまではシーケンサーという機器を使って、

シンセサイザーやドラムマシーンを自動演奏させていたが、写真等で見るプロの現場

には、必ずと言っていい程マックのコンピュータがあり、それを使い何やらやっている

らしいのだ。

 一方巷ではこれからはWindowsだと言う。せっかく高額な出費をして入手したもの

が、時代遅れの一台になってはたまらない。そうこう悩んでいるうちにVision

という元々マック用シーケンスソフトのWindows版が発売された。しかも日本語だとい

う。フロッピーディスク2枚で5万円近くするが、背に腹は代えられない。しかし支出

はこれだけでは済まなかった。先ずパソコンに通信回路を設ける為、ISAボードに差し

込み入出力するMIDIポートのインターフェースを認識させ、ジェネレーター(音源)

SC88を鳴らさなければならず、入力は多少キーボードが弾けるので既に持っている

DX7を使うこととした。

尚、入力はリアルタイムと、楽器が弾けなくてもステップの二種類が用意されている。

と、書いてしまえば簡単だが、ヤマハMSXやコモドールのMS・DOSを使ったこと

はあったが、本格的なパソコンを触るのも初めてだし、そもそもWindowsの知識は全く

なく、接続作業中はエラーの連続、意味不明な英語のメッセージは出るし、いつまで

たっても音は出ないし、周囲に同じ事をやっている者もいないので、殆ど情報も無い

まま、悪戦苦闘の末、約1か月半かけてようやく設定構築が完了。

 最初に自分が弾いたフレーズを、忠実に再現するのを聴いた時、不覚にも思わず涙ぐ

みそうになってしまった。<続>

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)19

11.中国1996年(南京、武漢、上海)3.

 上海空港から市内へバスで移動中、建設ラッシュの街並み指しながらのガイド氏は、

「中国では高速道路や地下鉄建設に際し、そこに住む者には別の地区に新しい住宅を

用意する。従って移転問題は全く発生せず、住民はかえって喜んでいる。」と説明し

た。

 さずがは中国共産党と思わず納得してしまいそうだが、1995年3月、北京の人民代表

大会に、住み慣れた住居の撤去命令を受けた上海の人達が請願に訪れた事は事実である

し、同年の暮れ以降バブルがはじけ、各開放地区の高層ビルやマンションの価格は急

落、入居者のいないビルも多いという。本年8月には、上海浦東開発地域での大型用地

土地使用譲渡と、新規マンション建設許可が禁止となった。これにより国内投資家は

大打撃を受け、海外投資家は撤退を余儀なくされる。中国は政策を転換したと指摘する

人もいる。

 香港の返還を控え、中国の将来について様々な見方がある。作家であり実業家の永漢

は、1993年の著書「中国人と日本人」で「これからはアジアの時代」と述べ、「中国

経済が大きく発展することは間違いない」と予見していたが、今は悲観的な立場をとっ

ており、また、中国民間経営者の大陸脱出が始まっているという話もある。

 人口・食料問題、開放政策の引き締め、人民の不満。他の共産圏・社会主義国家が、

次々と崩壊していったように中国共産党一党独裁も終わりを告げるのだろうか。それと

もあの天安門事件の如く、再び力をもって現体制を維持するのだろうか。

 しかし現在の中央政府もたかだか五十年足らずの権力者に過ぎず、四千年の歴史の中

勃興し滅んでいった幾多の王朝のひとつと考えれば、中国は気が遠くなるような時を

経てマルクス・レーニン主義ではない、独自の共産主義を確立することがあるかも知れ

ないと思えてくるから不思議だ。そして蘇州の静かな佇まいと運河の賑わいは、その時

になっても何も変わっていないのかも知れない。

 唯、同時代を生きる者として私は、上海バンドを楽し気に歩いていた、あの若いカッ

プル達の将来が少し気がかりではある。<終>1996年

 

      *       *        *        *

  

 二十年前と現在の中国、その間に三度訪れる機会があったが、外観は変わっても本質

に大きな変化は無いように思える。貴方はどう考えるだろうか。2017年7月 

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)18

11.中国1996年(南京、武漢、上海)2.

 今回訪問した各港湾局や公司では皆が、将来、上海を商業の中心とすることは、国の

政策であると異口同音に唱え、今後日本からの合弁の申し入れを期待するといった意味

の言葉を何度も聞いた。そして上海では更に具体的な地区別の開発計画を聞き、それら

の説明を裏付けるかの如く、林立する高層ビル群や建設中の施設も見た。

 そして都市部の大通りは、何処も埃と喧騒の坩堝である。即ち所構わず横断する歩行

者、途切れることの無い自転車の波、警笛を鳴らしまくり、少しでも前へ進もうと無理

な割り込みを行う小型のタクシー。マクドナルド、ケンタッキーといったファストフー

ドの看板が並び、最早、人民服姿は見当たらず、スーツやジーンズ等思い思いのお洒落

をした若いカップルは、当然のように手をつないで歩いている。不思議に思ったのは、

2008年に開催が決まったオリンピックに誰も興味を示さない事だ。「あれは北京が

やる事」という理由で、まるで別の国の話のようだ。「北京は政治、上海は商業」と

いう棲み分けが成されていると言ってよい。それより長江上流に建設される三峡ダム

方が重大な関心事で、本来、発電を目的としているが、水位が安定し内陸部まで大型船

が航行出来るようになると言う。

 確かに「改革・開放政策」は促進されている感はある。しかし一方、立派なビルの裏

手には、あばら家が立ち並び、駅や名所旧跡等、人の集まる場所には必ず大勢の物乞い

がいる。恐らく「民工潮」と呼ばれる農村部から流入する膨大な数の人達の一部なのだ

ろう。

 「改革・開放政策」により都市部の開発は進んだが、農村部との深刻な所得格差が

生じたという。農民は十倍の所得を求め出稼ぎに行き、田畑は放置され砂漠化が進む。

公称12億の人口を抱える中国の食糧危機は誰もが指摘するところである。<続>

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)17

11.中国1996年(南京、武漢、上海)1.

 宮本輝著「血脈の火」には、戦後間もない大阪中之島の情景=焼玉エンジンのポン

ポン船が、石炭や生活物資を積んで川を行き来する様=が描写されている。そのイメー

ジを容易に思い浮かべることが出来るようになったのは、蘇州の運河を航行する艀の

船団を目の当たりした後である。曳船の舳先には長い竹竿を操る女性が立ち、幾重にも

輻輳する船舶や、迫る河岸を巧みに回避してゆく。「蘇州夜曲」の曲調そのままの長閑

で美しい風景の中、運河の交通だけは時の流れを通常の速度で刻んでいるかのようだ。

 この度は、昨年の韓国に続き研修の一員として、南京、上海から武漢まで長江流域

を訪問する好機に恵まれた。以下はそのとりとめの無い雑感であるが、こうして文章を

書き始めようとする時、外国、特に距離的に近く、歴史的にも日本と関係の深い国に

ついて実際には何も知らない事に、改めて気付かされる。これは唯、私個人の国際感覚

に対する意識の低さに起因する事は言うまでもない。

 「世界のどこと比べても、より多くの人間ドラマがあり、検証出来る事実はより少な

い」と言われる国、中国はやはりよく分からない。

 

 7年前、天安門事件。あの時、全世界で多くの人々が、中国は思わぬ方向に進んで

しまったと考えたはずだ。「中国人は中国人を撃たない」に反し、北京市民と言葉が

通じない地方の軍隊投入後の状況を伝えるテレビ映像を見た時、私自身も大きな衝撃を

受けた事を覚えている。

 一方、市場経済導入後の「二十一世紀は中国の時代」に代表される中国フィーバーは

既に設立された合弁会社の多くが、税制の変更、突然の労働者の賃上げ要求といった

問題を抱えている現実がありながら、日本をはじめ世界の企業が経済進出という形で

続行中である。片方で力による独裁支配、もう一方は改革・開放政策。ここに矛盾は

無いのだろうか。<続>

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)16

10.韓国1995年(釜山、慶州、ソウル)4.

5. ヒロインはショートの茶髪

 その国の文化を知るひとつの方法は、地元のテレビ番組を見ることである。という訳

で、夕食後はホテルの部屋で一人テレビを見て過ごした。5局程の国内放送の他、CN

NとNHK衛星2局が映る。同じ様な顔形をしているのに、言葉も文字も全く理解出来

ない。やはりこれはかなりショックを受ける。それでもめげずにチャンネルを回し続け

た。

 日本で言うワイドショー的なものあり、夕方は子供向けアニメ、コンピュータゲーム

とクイズを組み合わせた番組、そしてドラマ。赤縁のメガネをかけたイヤミそうな姑と

「冬彦さん」風気弱そうな青年。茶色に染めたショートカットの若い女性。直観的に

これは韓国のミポリンだなと決め付ける。フーミン似の間抜け顔のネエチャン等も出て

きて、ボディコン・スーツを纏い颯爽とオフィス街を歩いて行く。「・・・ふむふむ、

これは所謂トレンディードラマだな。」と勝手に納得しながら、更にチャンネルを回す

と、ニュース番組をやっている。男女一名ずつ司会者がいて、時折レポーターも登場

する、そう言えばニュースキャスター達も含め、女性は結構茶髪が多い。言葉は理解

出来ないが、どれも日本のテレビで見慣れた光景である。

 韓国では日本の大衆文化(映画、歌謡曲、漫画、週刊誌等)の流入を規制していると

いうが、通勤途上に購読するスポーツ紙、ストレス解消のカラオケやゴルフ、アニメの

キャラクターに至るまで、日本のそれを原型ないしは媒介型にするものも多い。中には

著者名を隠し、いかにも韓国製であるかのような体裁の劇画が販売されているというと

の事。それでいて韓国は一般的に、かって日本に文化を伝授してきたという優位性を

誇りにし、日本は単に外国文化をごちゃ混ぜにコピーした文化であるから尊敬出来ない

という立場に立っているのだそうだ。

 テレビのコマーシャルも賑やかである。やはりご当地もマルチメディアブームなのか

、最近日本でも見るサムソンのパソコンのCMが目を引く。意味不明のハングル文字の

後に95とある。この一文字は絶対「窓」という言葉だと、またしても決め付けてし

まった。

 

6. 違和感の行方

 自然環境、歴史、文化が異なる外国に対し、我々は多くの部分で違和感を覚える。

肌の色、言語、思想、作法等々。今回初めて韓国へ行き、確かに日本と異質なものを

感じ、戸惑う部分も多くあった。不適切な例えかも知れないが、これがアフリカ辺り

のあまり馴染みの無い国であれば、その違和感を当然のこととして受け止めるはずで

ある。そういった意味では、韓国とは関係が深く、顔形が似通っているが為、つい

日本人と同じような民族だろうと考えてしまう。また更には、同じでなければならない

と思い込む。しかし現実は多くの類似性と異質性を持った民族なのであり、その違い

だけをとらえてそれが韓国であると表象し、ましてや劣っているとかけしからんと

言うのは間違った態度であると考える。何故ならば日本は世界の模範国家でもなく、

韓国が日本的に変わらなければならない理由など何処にも無いからだ。

 結局「正しい歴史認識」についての知識は相変わらず何もない。ただ今回韓国へ

行くにあたり、韓国に関する書物を数冊目を通しただけではあるが、例えば日本人に

とっては「前の世代の不幸な過去」であっても、先祖からの脈々とした血族意識を

尊ぶ韓国人には「子孫が負うべき先祖の罪からの逃避」としか写らないであろうこと

が、おぼろげながら認識できるような気がする。要は相手を知る事から始めなければ

ならないということだろうか。その意味でも、やはり「百聞は一見に如かず」である。

<終>1995年

 

      *      *      *      *      *

 

 一応オフィシャルな個人感想文であった為、随分ソフトな内容になっている。現在

の私は韓国に対し、もっと過激な考えを持っているが、亡父の影響だろうか?

 尚、手元に無かったこの原稿が印刷された冊子を送付して下さった事務局のT女史

に深謝申し上げる。2017年6月

緒永廣康 「ソメチメス」(sometimes)15

10.韓国1995年(釜山、慶州、ソウル)3.

3. 冷たい?店員

 研修旅行中の食事は幾分キムチの臭いに閉口したものの、基本的には何でも食べられ

る体質が幸いし事なきを得た。ただ気になったのはレストランの店員がどうも冷淡と

いうか、所謂愛想が無いことである。別に我々が「俺は客だ」という態度をとったつも

りはないのだが、例えば何かをオーダーしても、返事はないしニコリともしない。かと

言って、ちゃんと物は持って来てくれる。儒教道徳に基づいた「東方礼儀の国」を自負

韓国のイメージとこの現実がうまく結びつかない。この「無愛想」は日本人韓国旅行者

の定番の感想であるという。このことから韓国の礼節は単に形式だとの批判も聞くが、

よく耳にする「年上の人の前で煙草は吸わない。酒を受ける時は横を向いて飲む」に

代表される「孝」の美風とサービス精神は別物なのである。それだけの事であろう。

現地ガイド女史は「韓国はサービスの面で遅れている」という言葉で説明し、レストラ

ンで彼女自身が店員に代わって我々に食器やグラスを配る姿を何度も見た。

 韓国では接待業は賤業であるらしい。古田博司の「朝鮮民族を解く」によれば、接待

業の中でも、特に食堂、床屋、酒場が卑しまれ、さらに食堂は床屋を、床屋は酒場を

蔑むといった序列があり、学校において「サービスをする人への感謝」を教化している

という。私としては賤業についたことが「恨」となって愛想が無くなったのだと短絡的

に考えてしまう部分もあるが、何にでもつい曖昧に微笑む傾向がない事だけは事実であ

る。

 

4. 韓国は家族命?

 現地での移動はすべてバスである。ガイド女史は我々に先ず韓国語の挨拶を教えて

くれた後、韓国についての様々な事を語った。その中で特に印象に残ったのは、男が

非常に大事にされているらしい状況である。韓国では跡取りとしての男子が重要視さ

れ、その為嫁はとにかく男児を出産しなければならない。女の子でも生もうものなら、

姑から露骨に嫌な顔をされ、次は必ず男とのプレッシャーがかかる。極端な話、男が

生まれるまでガンバル傾向にあるという。そして結果として男児が生めなかった嫁は

悲惨である。離婚されても仕方がないし、夫がよそで子供を作って来ても文句は言えな

い。従って息子を養子に出すなど言語道断の行為なのだ。韓国には確か姦通罪があった

はずであるし、ホンマカイナ?と思うが、ガイド女史は真面目である。

 また同じ姓名同士の結婚は出来ないという。同じ姓が多そうな韓国で、そんな事が

あるのかと不思議に思い調べてみると、確かにあった。ものの本によれば、朝鮮民族

の社会は宗家という男子の単系血族の集合体から成り立っており、先祖発祥の地(本貫

)を冠した同族名で示され=例えば「慶州李」=本貫が異なれば問題は無いが、同族

では結婚出来ない。これは同姓婚の禁止として法律になっているとある。しかも済州島

の高氏、梁氏、夫氏は、先祖が島の三姓穴という穴から同時に飛び出してきたという

神話から同じ宗家だと信じて婚姻しないそうである。そしてロイヤリティの対象は国や

政権よりも、自分の門中にあり、先祖の勲功に多大な関心を示す。

 在日韓国人作家つかこうへいの「娘に語る祖国」にも次のような件がある。「韓国の

おじさんの家には、百科事典みたいに何冊も家系図がありました。出身も慶尚北道

金銘金賀という名家だと、よく自慢していました」

 ちなみに先の男児優遇についての言及は見当たらなかったが、本当なのだろうか。

<続>